ローカルニッポン

ウチとソトを繋ぐ。“結い(ゆい)” で生み出す農業のかたち

小谷 美幸
2020年2月。10年近く勤めた都内の会社を退職し、SKYCAMPという車上テント搭載車で次の拠点を見つける旅へ出る。辿り着いた千葉県いすみの地や人に魅了され、自営の夫といすみ市へ移住。現在はフリーランスとして、オンラインサービスの運営サポートやお弁当を使ったプライベートイベントの企画などに携わる。

都内の大手企業に会社員として勤めていた取材者・小谷が、都会で生活・消費をする生活から一転。10年近く勤めた会社を退職し、次の拠点探しの旅の道中に千葉県いすみ市を訪れたのは2020年2月末でした。いすみ市は、以前からパーマカルチャーや地域通貨といった取り組みが盛んな地域として気になっていました。しばらくの間、滞在することが叶ったのは、自然栽培でお米作りを行なうあるファームコミュニティが短期滞在を受け入れてくださったから。それがここでご紹介する「つるかめ農園」です。

「つるかめ農園」では、お米や田んぼが中心となるコミュニティに多様な人が関われる仕組みをつくり、ファームの経営やコミュニティの運営を行なっています。今回、オーナーの鶴渕真一さんから興味深いお話をたくさん伺うことができました。

お米づくり=コミュニティづくり

つるかめ農園のファームに滞在した中で私が一番驚いたのは、“多彩なバックグラウンドを持つ人たちが、米や田んぼを中心としたコミュニティに次から次へと足を運び、自ら楽しんで活動に関わっている” ということ。たとえば、 “国産の美味しい長粒米を使ったシンガポールライスを作って食べたい!誰か作ってくれないかなぁ・・?”と色んな方にお話しされていたデザイン会社の代表から、鶴渕さんにお話がきます。「作ってみよう」とチャレンジがはじまる傍ら、その方がファームのビジョンを汲んで作ってくださったロゴやデザインが、つるかめ農園の商品に使われるようになりました。

また東京でコンサルティングのお仕事をされている方が、お米から作る醤油作りの活動に参加する傍ら、お米・加工品販売などの企画にお知恵を貸してくださっていたり、 大手住設メーカーで長年キャリアを積んでこられた方が、海外出張の忙しい合間をぬってつるかめ農園を訪れては、田んぼオーナーとして学びながらお米を自給自足されていたり。 他にも、機械が得意な方は農機具のメンテナンスをサポート。広報やマーケティングが得意な方はホームページやお米作りの動画作成に一役買うなど、年齢も得意分野も異なる多彩な人が、“お米” をとりまく活動に関心を持って集まり、お金では得られないつながりや絆を築いていたのです。

自然栽培を通じ、実現したいことは実は…?

つるかめ農園のオーナー・鶴渕さんに、このようなコミュニティづくりに重きを置いたファーム経営を行なう理由を伺ってみました。

体験で田んぼを訪れた人たちに田植えのレクチャーを行なう鶴渕さん(写真右)。

体験で田んぼを訪れた人たちに田植えのレクチャーを行なう鶴渕さん(写真右)。

鶴渕さん:
「お米づくりの担い手は、実はとても少なくなっています。それは手間暇をかけて質の高いお米を作っても、販売単価が安くなりがちなため、経営として成り立ちにくい構造があるからです。それに、よく農業の大変さばかりがフォーカスされる点も、知らない人の誤解を生んでしまっているところだと感じています。でも実は、お米作りにまつわる工程には、商売の枠にはおさまらない魅力が驚くほどたくさんあるのです。お米づくりは確かにたくさんの労力がかかります。ですが、人が集まって一斉にやると、楽で、何より楽しいんです。だからみんなで力を合わせる『結(ゆい)』という優しく、強い、助け合いの文化が自然と生まれたのだと思います。

先人たちによって連綿と育まれてきたこの素敵な文化は、これからの時代、新しい形で引き継いでいけるのではないかと思っています。そのためにまずは日々たくさんの人が来て関わりを持ち、“ああ、こんなに素敵なつながりを持てる仕事なんだ” ということを感じてもらえる機会がもっと増えたらいいな、と。そのような関わりが増えていくと、次はその一人ひとりが核となって仲間が増え、そこで新たなコミュニティができていく。それが有機的につながることで、関係がめぐり合うあたたかな地域コミュニティができていくのではないかと思っています」

米づくりにまつわる、こんな魅力も…!

取材者小谷がいすみ市に移住してまだ数ヶ月ですが、すでにお米の恩恵を受けたさまざまな活動に参加しています。

【味噌作り】つるかめ米から作った米麹と自家製大豆で、1年分の味噌作り。

【味噌作り】つるかめ米から作った米麹と自家製大豆で、1年分の味噌作り。

例えば、何組かのファミリーで醤油作りのための醤油樽をシェアし、家族や子どもたち同士が交流を楽しみながら、1年かけて醤油を作る「醤油班」という活動があります。醤油や味噌の原料となる大豆も、つるかめ農園に集まるメンバーが育てた自然栽培の大豆です。仲間同士で助け合い、喜びを分かち合いながら、人間本来の営みである“自分たちで食べるものを自分たちで作る”ことができるのは、美味しく安心であるという価値を超えた豊かさが存在しているなぁと、私自身が強く体感しています。

【醤油作り】自家製のお米と大豆で醤油を仕込み、熟したもろみに圧をかけて絞ります。

【醤油作り】自家製のお米と大豆で醤油を仕込み、熟したもろみに圧をかけて絞ります。

またこの地域では、いろいろなものを自分たちで育てたり作ったりしてしまうことにも日々驚かされます。鶴渕さん一家をはじめご近所では、ヤギやニワトリを庭で飼っている方も多く、さらには自家製のお野菜・フルーツ・梅干し、ときにはサザエや魚介類までおすそわけいただく等、自然の恵みと共に生活していることを感じられる場面が多々あります。他にも荷物を束ねるときの紐をさっと藁(わら)で作ってしまうところなど、先人から引き継がれてきた知恵や工夫が、現代のサスティナブルな暮らしにそのまま応用できることを、日々生活の中で身近に感じています。

気軽に参加して、関わりしろをもつ

つるかめ農園のコミュニティメンバーは、地域に住む人たちだけで形成されているのではなく、普段、都市で生活している人たちも多くいらっしゃいます。お米づくりを中心とした活動を通じて生産者・消費者という枠を越え、持続可能でサスティナブルな暮らしのあり方を、より広域なコミュニティで共に実現しているのです。では、このコミュニティに加わりたいと思った場合、どこから始めればよいのでしょうか?

たとえば、お米作りの1年について知り、自然栽培のお米を食べてみるところからはじめたい方向けの初級ステップ。自然栽培による米作りの1年を「たんぼのがっこう」という動画講座で紹介しています。“田植えと稲刈りは知っているけど、他はどんなことをしているの?” そんな素朴な疑問に答えながら、秋には収穫した美味しいつるかめ米(3kg)を自宅で味わうことができます。

さらに “自分で育てることにチャレンジしてみたい” という方に、バケツ稲体験ができるキットを準備中。キットを使い、マンションのベランダや自宅の庭でお米を育て、収穫できるのはもちろん、育てる過程で見つけた発見や感動を分かち合えるコンテンツを考えています。そして ”自然豊かないすみの地を訪れ、魅力を肌で感じたい” という方には、つるかめ農園のコミュニティたんぼで、お米づくりを実践的に学びながら収穫したお米のオーナーになれる制度があります。

お一人の参加でも、ファミリーの参加でも、参加者同士のつながりが芽生えます。

お一人の参加でも、ファミリーの参加でも、参加者同士のつながりが芽生えます。

最後に、移住や新規就農でコミュニティを “つくる側“ に興味をもった方に。オーナーの鶴渕さんから「米作りのレクチャーや、農地・住まい(空き家)の紹介、就農後の農機具シェアなど、オーダーメイドでサポートしたいと考えています」と、心強いメッセージをいただいています。(私自身、地域のつながりをもとに鶴渕さんから空いているお家のオーナーをご紹介いただき、スムーズに移住することができた1人です)

このように様々な関わり方がありますが、つるかめ農園での体験を通して私自身が感じたことを最後に。田んぼやお米作りの工程で一緒に活動した人とは、田んぼ仕事をするうちに自然と打ち解け、いつのまにか深い価値観まで通じ合い、つながりが次々と広がっていくことも大きな魅力です。気になった地域についてインターネットで懸命に家や土地探しを準備するよりも、まずは “何かの活動に参加して関わりをもつ” という一歩が、その地域での豊かな暮らしを感じられる秘訣かもしれません。

ここ千葉県いすみ市には、他にもユニークで自分らしさを活かしたライフスタイルを実現されている方がたくさんいらっしゃいます。今後もいすみ周辺で出会った素敵な人や活動を、実際に移り住んだ筆者の視点から紹介していきたいと思います。

豊かな自然の循環が感じられる房総半島・千葉県いすみ市。ぜひ足をお運びください♪

豊かな自然の循環が感じられる房総半島・千葉県いすみ市。ぜひ足をお運びください♪

文:小谷 美幸

リンク:
つるかめ農園

▽『つるかめ農園』ホームページより
つるかめ農園ではさまざまな形で米作りに関わることが可能です。ファームをはじめて7年目を迎え、事業としても黒字化しているつるかめ農園で、『自然と共存共栄する暮らしが、経済的にも成り立つ持続可能なモデル』を一緒に実験・実践していきましょう。