ローカルニッポン

今ここで、できること。 千葉県南房総市(シラハマ校舎) vol.2

今回の記事は5月にシラハマ校舎から発信した「今ここで、できること」の続編です。前回は休校になった小・中学生、そして在宅学習で子どもと向き合う保護者をサポートする事業について取り上げました。その後この取り組みには、新型コロナウィルスの影響でキャンパスに入ることが少なくなった学生たちの課外活動が組み合わさり、新しい展開へと進んでいます。

シラハマ校舎と大学の連携

民間企業と教育機関、政府・地方公共団体による産学官連携の流れを汲み、シラハマ校舎は地元自治体である南房総市や県内の大学と協働してきました。中でも千葉大学については、地方創生推進事業であるCOC+事業(*)の一環で2016年より南房総市内の調査研究を行っており、その成果はシラハマ校舎での展示やワークショップを通して地域でも広く知られるようになりました。

特に歴史的造形物や地域に伝承される万祝等に使われた図柄を3Dデータで取得したものは汎用性が高く、そのデザインを活用して鞄や文房具などのオリジナルグッズが開発・商品化されたほど。2020年度からは市と大学で包括連携協定を締結し、さらなる地域貢献への研究活動が促進されています。

しかしそんな折、新型コロナウィルスの感染拡大が懸念され学生の移動に制限がかかるようになると、千葉大学を含む全ての大学がシラハマ校舎での企画を見合わせざるを得なくなりました。さらに新年度以降は授業のリモート化が進み、学外での活動も難しい状況に。

この時期は白浜町でも休校措置がとられ、シラハマ校舎内の学習塾シラハマホームスクールには、自宅学習に関する問い合わせが相次ぎました。地域の子供や保護者の学習不安を解消するために、大学の力を借りることはできないだろうかー。そこで以前よりお付き合いのあった千葉大学の阿部厚司先生に大まかなお話をし、研究活動の一環として学生たちの協力も得ながら、遠隔でも可能な手段を考えて頂きました。

*COC+事業…地(知)の拠点大学による地方創生推進事業。COCは”Center of Community”の略

房総を自転車で回る阿部先生。観光やスポーツツーリズム提案など活動は多岐に渡ります

理学部生物学科:オンライン家庭教師

まずはシラハマホームスクールに在籍している受験生からの相談について。比較的に教材が充実している英語や数学は自分でも勉強しやすいけれど、理科、社会、国語の3教科は自習方法がわからないとのこと。特に理科を重点的に進めたいという具体的なニーズも伝え、始まったのが理学部の学生によるオンライン家庭教師。阿部先生自ら生徒や保護者と面談をし、学生とのマッチングを図った後、試験運用ではありますが、今年のゴールデンウイーク明けに始動することができました。

担当したのは理学部生物学科2年生の安濟(あんざい)崚雅さん。出身は群馬県吾妻郡長野原町。嬬恋村や草津町に隣接し、八ツ場ダムでも有名な観光地です。子供時代は野山を駆け回り、虫や生き物に触れながら育ちました。海洋生物にも詳しく、進学で千葉県に越してきてからは、海釣りの機会も増えたそうです。阿部先生からオンライン家庭教師の打診があったときは、まだ2年生になったばかり。高校受験の記憶は遠いものではなく、理科は専門分野とあって十分守備範囲内でした。

シラハマ校舎を訪れた安濟さん。建物に出入りする昆虫をチェック

オンライン授業の進め方

学校や塾のオンライン授業というと、ビデオ会議用のツールを使い、時間を決めて複数の生徒に一斉に行う講義がイメージされますが、安濟さんの場合はちょっと違います。お互いのスマートフォンをWi-Fiで繋いだままにして、途中で勉強の様子を聞いたり、質問を受けたりする指導方法。大人同士がオンライン会議を行う場合は、手元に同じ資料を置いてパソコンの画面で顔を見ながらというのが大半だと思います。しかし、ミレニアル世代の彼らは通話もノートの閲覧もスマホ一台でOK、通信速度が落ちれば、ビデオ通話を音声のみにし、アプリに不具合があれば、代替ツールに切り替るなど非常にフレキシブル。暗記内容の確認なども、この方法で十分こなせるそうです。

家庭教師の枠を超えて

ところでみなさんは、勉強しようと思っても何となく腰が重い、取り掛かれずにテレビを見てしまう、なんてことはありませんでしたか。そんな時「どう?今日は何やってる?」といった何気ない声掛けが机に向かうきっかけになることがあります。

中学生にとって大学生先生は良き先輩。受験勉強だけでなく、勉強と部活の両立などプライベートな相談ができるのも大きなメリットです。安濟さんのオンライン家庭教師活動も、初めは勉強をみるだけでしたが、いつの間にか生徒が気軽に将来の相談をもちかける仲になっていました。

今回はあくまで研究の一環として行った試験運用であり、現段階では他の生徒の受け入れ体制は整っていません。しかしながら、近い将来に向けてシステムが整えば、平常時でも子供のストレスや保護者の負担軽減に一役買えることになるのではないでしょうか。学生の社会参加が子供や親を孤立から救う、そんな仕組みが全国に広がっていくことを期待したいです。

8月の最終日。シラハマ校舎での打ち合わせがようやく実現しました

国際教養学部:読み聞かせアシスト

さて、ウィズ・コロナと共に千葉大生が参加した取り組みがもう一つあります。前回の記事「今、ここでできること」から始まった「読み聞かせアシスト」。これは大人が子供のための絵本を選ぶにあたって閲覧できるオンライン上のカタログのようなもので、絵本の内容だけでなく、読み方のコツなどをまとめています。立ち上げの勢いに乗って予定より早くコンテンツ公開に漕ぎつけましたが、単独作業だったために、早々に内容がマンネリ化、スランプに陥りました。

新しい視点でコンテンツを作ってくれる人はいないか。そんな時に先の阿部先生から紹介して頂いたのが千葉大学4年生の加治屋里奈さんでした。加治屋さんは国際教養学部に所属し、専攻は「現代日本」。地方創生やSDGsを扱いながら、地方が抱える観光や教育などの課題に目を向けてきました。現在は、移住や二拠点居住を始める際の入り口の作り方や、新しく地域に入った後のローカルコミュニティへの参画の仕方などを卒業研究のテーマとして南房総市で調査を行っています。国語や幼児教育については、専門ではないものの、子供の頃から読書好きで絵本への思い入れも深いそう。また、地方の教育や図書館事情にも関心が高いところから「読み聞かせアシスト」のコンテンツ作りをお願いすることになりました。

加治屋さん。絵本をめくると子ども時代の思い出が蘇ります

絵本コンテンツを作る

本を読んでもらう側から、読み聞かせる側へ。加治屋さんがコンテンツ作りで苦労したのは “いかに子供たちを楽しませるか” というところ。「読み聞かせアシスト」では、読んだ後に親子でコミュニケーションを図るためのヒントを記載しており、子供に向けてどんな語り掛けをするのかも考えなくてはなりません。しかし絵本選びは楽しい作業で「ぐりとぐら」「バムとケロ」など子供時代に好きだったシリーズものに加え、海外の作家や方言で書かれたものなど大人の目線で見つけたユニークなものも取り入れることにしました。

加治屋さん自身の絵本にまつわる思い出は、自宅の大きな書庫から絵本を選び、お母さんに読んでもらったこと。これはシラハマ校舎の子供たちも同じで、お風呂の後に廊下の本棚から今日の一冊を選んで食堂へ。読み手が自分の親でなく、よそのお母さんだったり、居合わせた高学年の子供だったりするのがシラハマ校舎らしいところでしょうか。

この読み聞かせアシストの企画が始まってからというもの、絵本を手にとる子どもが増えてきたように思います。親たちも影響を受け、普段自分では買わない分野の雑誌や画集などを広げるようになりました。また、書籍を寄贈してくれる人もおり、空間の多かった本棚がグッと密集してきました。小屋オーナーの中には司書の資格を持つ人もいて、分類や整理の仕方について快く相談に乗ってくれました。ウェブページ「読み聞かせアシスト」へのアクセスも着実に増えており、実際にシラハマ校舎に宿泊できなくても、このコンテンツでたくさんの人と繋がっていることを日々感じています。

シラハマ校舎廊下に設置した子供用書庫。元は上履きを入れる棚でした

今後の展望

こうして新しい形でスタートした「民」と「学」の連携。これまでシラハマ校舎としては子供たちのサポートばかりを意識していましたが、今後は地方での活動に関心が高い学生にフィールドワークの機会を提供することも考えています。

ここ数年でシラハマ校舎を視察に訪れる団体は右肩上がりに増え、自治体や教育委員会、教育機関、民間企業など、訪問者も多岐に渡っており、私たち自身が講演やプロジェクトの参加で他県に赴くこともあります。過疎地の教育やコミュニティの課題についてシラハマ校舎と大学生が協働する、いずれはそんなレポートを書いてみたいと思いました。