ローカルニッポン

シラハマ校舎の過ごし方vol4. ~ワーケーション 企業編~

新型コロナウィルスの世界的な広がりをきっかけに、働き方の多様化が進んでいます。都心部の商業施設や駅構内では次々とワークスペースが設置され、南房総や三浦半島といった首都圏のリゾート地はリモートワークの候補地として手を挙げるようになりました。

「テレワークが可能な方は、自然豊かな我が町へ」。仕事のついでに海や山のレジャーを楽しんでリフレッシュ、いよいよワーケーションブームの到来です。そこで今回は、シラハマ校舎でリモートワークとワーケーションを実践しているフォーハーツ株式会社を訪問し、代表の大高啓二さんにお話を伺ってきました。

フォーハーツ社のリモートワーク

まず、コロナ以前からワーケーションを推奨してきたフォーハーツ社とはどんな会社なのでしょうか。
みなさんは「VMD=visual merchandising」という用語を聞いたことがありますか。これは買い手の視覚に訴えてショッピングがしやすい売り場を作るマーケティング方法のことで、同社はこのVMDを専門的に扱い、独自のメソッドで発展を続けてきました。例えば複合ビルのイルミネーションや百貨店のポップストアなど、そのデザインはごく身近なところで接することができます。

そして現場でVMDを施す前段階ーデザインやライティングなどの制作作業の一部がリモートでできるようになっており、コロナ以降はこれにテレビ会議も加わり、大高さんが海を見ながら仕事をする時間は増えていきました。

さらにワーケーションとなれば、スタッフをシラハマ校舎に集めてブレインストーミング。焚火を囲んで新しいアイディアを出し合ったり、動画配信をしたり。事前に計画を立て、CDジャケットの撮影やライブ演奏、地元のイベントに出店するなどユニークな仕事も展開していきました。

シラハマ校舎のオフィスで仕事をする大高啓二さん。テーブルは技術室にあったもの

サテライトオフィスの作り方

シラハマ校舎は2011年に廃校になった小学校の建物を活用した施設。旧教室はシェアオフィスとして事業者に貸し出しており、フォーハーツ社も昨年4月からこの一室に入居しています。

オフィスの使い方は当初より決めていた「work & vacation」。大高さんだけでなく、他のクリエイターたちも楽しく仕事をし、遊ぶ姿をイメージしながら部屋作りを始めました。学校時代の天井や床、黒板はそのまま、倉庫で眠っていたテーブルや戸棚に手を入れて再利用。エアコンは設置せず、冬は石油ストーブ、夏は窓を開放し、扇風機を回して過ごします。

調理の時は庭で火を起こし、炊飯はキャンプ用の飯ごうで。できるだけ家電を使わない、ゴミを出さない暮らしを目指していくうちに、自然に還る素材でできた日用品を探したり、今まで廃棄していたサンプル品などもコミュニティを通じて欲しい人の手に渡るようにしました。

カウンターは理科室の道具入れを反対向きにして再利用。裏側は収納スペースに

例えばこんな過ごし方

大高さん手描きの間取り図とタイムスケジュール

大高さんがシラハマ校舎に到着するのは大抵お昼過ぎ。窓を開けて空気を入れ替え、サッシの隙間から吹き込んだ土埃をを掃き出し、乾燥したアシダカグモの亡骸を土に返し…一通りの掃除を済ませた後は地元のスーパーへ。食材を調達してBBQの準備を整えたら一段落。キャンプ椅子を担いでビーチへ移動し、対岸の伊豆大島に沈むオレンジ色の夕日をゆっくりと見送ります。

日没後は自室の庭へ出て火起こし。風穴を作るように炭を立て、ウチワで風を送って火に勢いをつけて…手慣れた作業でBBQを終えた後は、炭を薪に変えて焚火の時間が始まります。庭先から広がる満天の星空、天球を走る天の川。南からは波音が聞こえ、裏山では聞きなれない動物の声が響きます。シラハマ校舎に居を構えて1年半、大抵のことでは驚かなくなりました。

眠くなる前に火を消し、後片付けをしたらオフィスの中へ。夜の校舎は静まり返り、長い廊下には学校らしい緊張感が張り詰めます。ここからはプロジェクターと白壁を使って映画鑑賞、日付が変わるまで趣味の時間を楽しみます。

翌朝、空が白むのに合わせて小鳥がさえずり、7時には町内放送・ヴェルナーの「野ばら」が大音量で響き渡ります。大高さんもコーヒーミルのハンドルを回して1日がスタート。熱いコーヒーを一杯飲んだら、テレビ会議が始まる前に一仕事です。

ワーケーションの効果とは

さて、サテライトオフィスにはどんなメリットがあったのでしょうか。
まず、代表である大高さん自身が健康になったこと。起業したばかりの頃は、趣味のアウトドアも阿波踊りの役員もやめ、全てを会社に注ぎました。毎晩日付が変わるまで仕事をし、週末は海外出張。睡眠を移動の細切れ時間に頼り、運動不足で顔色も悪い。仕事仲間だけでなく、医師からも心配されていたほど不健康でした。しかし南房総に通うようになってからは、散歩をし、夕日を眺め、掃除や自炊をして体を動かし、ゆっくり眠れるようになりました。

次にクリエイティブの面では、五感で感じる空間のヒントを自然の中でたくさん見つけています。例えば、海から上がってくる雲海のような濃霧の中を歩いたり、呼吸をするように優しくそよぐ風を感じたり。潮風や草の匂い、ホトトギスやキジバトなどの野鳥の声等々。体感した全てが制作に役立つと思えば、突然部屋に飛び込んでくるツバメにイライラすることもありません。毎日変わる空の色や雲のかたち、山の緑のグラデーションや風に舞う落ち葉など、ひとつひとつが生きたアートであり、デザインを描く際のヒントになっていたりします。

経営という面では、毎日使うわけでもないオフィスを二か所持つことは一見無駄かもしれません。しかし「ワーケーションという投資をすれば、それ以上の利益を仕事で回収できる」というのが、大高さんの実感したところだそうです。

訪れる度にインスピレーションを与えてくれる白浜の海

シラハマ校舎コミュニティとの共存

戸建て物件ではなく、シェアオフィスに入居することのメリット・デメリットは何でしょうか。まず、シラハマ校舎の場合は2年更新の賃貸契約なので、新たに土地を購入して事務所を建てるよりもハードルが低く、ワーケーションを始めやすいというアドバンテージがあります。そして施設全体を管理する会社があり、インフラや通信を別途契約する必要がありません。

反面、シェアオフィスという特性上、入居者はコミュニティの一員であることが求められます。例えば、共用施設を長時間独占しない、使用後は次の人のためにきれいにしておくなど、水回りを使うときは少し気を遣います。実際にシェアオフィスの契約者が仕事仲間を招き入れる場合は、ルール説明を兼ねて施設を案内したり、他の入居者に挨拶をしている姿を目にします。一人一人が会社の顔、それは白浜のサテライトオフィスにあっても変わりません。

そして周りを見ることも大事。静かな平日のシラハマ校舎では、自分も個人的な作業に集中する。家族連れの小屋ファミリーが集う週末であれば、自分も仲間や家族を連れてオフを楽しむ。隣近所と足並みを揃えながら、お互いに居心地のよい空間を作っていく。それがシラハマ校舎のコミュニティの作り方のようです。

プラタナスの下で焚火を囲む語らいのひととき

サテライトオフィスのこれから

今後はサテライトオフィスの一部を使って、自社のライフスタイルグッズ (現在はオンラインストアのみ)を展示するスペースを作り、スタッフが滞在するタイミングでの販売を検討しています。また、大高さんの海外講演やVMD講師の顔を生かし、シラハマ校舎で勉強会を行う計画も。子どもたちが育まれた学校という場所で大人たちがビジネスを学ぶーこれは大高さんが入居当初から思い描いていた絵でもあります。

現在、11の事業者がシラハマ校舎のシェアオフィスに入居し、それぞれのワーケーション文化を充実させようとしています。フォーハーツ社については、単に新しい働き方を模索するだけでなく、働く人を健康にし、幸せにすることでパフォーマンスを向上させる実績を積んでいる最中にあります。同時に、人だけでなく、モノや自然を大切にしたいという大高さんの思いには深く共感するところがあり、私自身も環境や未来を真剣に考える価値観を共有していきたいと思いました。

文:多田佳世子  写真:川村理生、4hears