ローカルニッポン

農から繋がる人の輪~都市農業の新しいコミュニティビジネス~

日本の農の風景を将来へ残したい。
農業に深く関わるにつれ、徐々にそう思うようになってきました。畑の風景の美しさ、収穫体験をした時の子ども達の喜んだ表情、生産者たちの生き様など、他には代え難い存在です。しかし、特に “都市農業” と言われる住宅地に近い農地は、農地相続が行われる度に住宅地へと変貌します。それを食い止めるためには、今ある農地で地域のコミュニティを作りつつ、ビジネス的な視点を取り得れることが今後も農地を維持していく大切な環境だと思い活動しています。

はじめに

11年前、大学4年生の私は農業を軸とした「まちづくり」が出来ないかと考え、仕事を探していました。ちょうどその頃、地元である八王子で行われた親子100人くらいが集まる、子ども会のサツマイモ収穫体験を手伝うことになりました。サツマイモを掘って袋に入れて持ち帰ることを想像していましたが、ここでは先ずサツマイモのツルを切るところから始まり、お父さん達も一緒に子ども達と作業をすることに。ツルを片付けてやっと収穫体験ができるという大変な作業ではあったものの、参加者が皆とても楽しんで作業をしていて、この光景にとても感動したことを今でも鮮明に記憶しています。

こうして、卒業式の1週間ほど前に八王子市役所の農林課へ伺い、「農業をはじめたいのですが、どうしたら良いでしょうか?」と尋ねました。すると、「農大を卒業しただけでは実績にはならないから、どこか農家さんのところで研修してください」と言われましたが、様々なご縁から八王子市内の農家さんに出会うことができました。

正直なところ、農業を始めようとした当初はあまり意識していなかったことですが、自身が八王子生まれ、八王子育ちという事から、はじまりが八王子であることに地元で何か面白い事ができるのではないかという思いが強くなっていきました。

子ども会によるサツマイモ収穫体験イベント

畑を始める(畑とは、どういう場所だろう)

こうして、2010年春から、八王子市内の農家のもとで農業研修をスタートします。 ここでは、野菜作りを始めるにあたり、作付計画や収支計画を綿密に作った上で土づくりをし種蒔きをする等、自ら自由に考えることを求められました。しかし、実際にやってみると全く思うようにいきません。野菜の成長のスピード、収穫してから販売までの労力、収穫時期の見極めの難しさなど、想定していなかった出来事の連続でした。

その後、協力してくれる仲間を増やそうと、知人友人を10代から上は70代まで声をかけ、後輩、飲食関係の方、デザイナー、学校の先生等々が農業体験や農業ボランティアとして、畑へ来てくださいました。みんなで草取り作業をしたり、堆肥撒きをしたり、またその休憩時間に参加者同士で会話をすることで、自然とコミュニケーションが取れ、繋がりが生まれていきました。この頃から “人を集めて農業をやる” という形が始まりました。そして、2012年春に八王子市第一号として新規就農が実現したのです。

農業研修時代に販売していたマルシェの風景

「食」からの繋がり

この仕事をしていて一番良かったと思うところは、あらゆる人達と接点を持てるという事です。職種や年齢関係なく繋がる事ができます。食はどんな人の生活にも密接に関わりますし、特に飲食関係の方とお話をすると農産物の新しい食べ方や加工品のアイディアがたくさん出てきます。一方、農業や飲食関係に直接関係のない方からも、「畑でこういう事ができたら楽しいじゃん!」「このサイト、アプリ使ってみたら?」など、普段自分では思いつかないような違う視点でのアイディアを頂くことができて、ワクワクします。

私にとって、このように人と会って話をする時間はとても大切で、有意義な時間を過ごすことができます。自分自身でインターネットや本から情報を集めてアイディアを見つける事もしますが、どうしても自分の想像の範囲内でしか探せません。皆さんとの会話は、アイディアの宝庫だと感じています。

こうした会話から生まれた商品もあります。2017年に今までの露地野菜の生産から果樹栽培に切り替えた際、いちじくを選んだのですが販売方法が定まらず混迷していました。そこで、「東京いちじくプロジェクト」として、全く違う業種のメンバーが集まり、商品開発を行うことになったのです。隔週で集まりアイディアを出して、何度も試作を繰り返してできたのが「東京いちじく」の「いちじくペースト」でした。

左:東京いちじくのロゴ会議  右:完成した東京いちじくペースト

農の商い

「いちじくペースト」のように、会話から生まれるアイディアを糸口に、最も時間をかけ考えるのが “販売方法” についてです。人口の多い東京では、「生産地と消費地が近いから、すぐに売れる」とよく言われます。たしかに、住宅地に隣接する農地も多く、畑で採った新鮮な野菜をその場ですぐに売ることが可能で、この物理的な距離感が東京の利点かもしれません。しかし、本当の利点はそれ以上に “お客様とのコミュニケーションのしやすさ”といった人との距離感だと思います。畑の近隣に住む方々は、日々成長していく野菜を日常生活の中で何気なく観察をしていて、農家さんとも会話ができて、それが畑の直売所や近隣のスーパーに並べば手に取りたくなるでしょう。

さらに東京の農地は、住宅地と農地が入り組んでおり、街中に農地が点在しています。これは、農業生産の視点からすると管理する農家の移動も多くなり、生産効率が悪いため出来るだけ集約したいと思うのが普通です。それを逆の視点でとらえてみると、農地が点在していることから “近隣住民にとって、畑との接点が多くなる” と考えられます。イメージとしては、コンビニエンスストアが街の至る所にある様に、畑が至る所にあったら農業に触れることが身近になるはずです。そこでどのような日常が生まれるかというと、農業(土づくり→種蒔き→収穫など)を気軽に体験できるということです。近隣の公園へ遊びに行く感覚で畑に行き野菜を採りに行く、そんな光景が日常になることが理想です。

この様に東京の狭く点在する農地は、単に “生産の場” としてだけではなく、近隣住民にとっての “憩いの空間” として開放してあげると、将来的には近隣住民にとって欠かせない存在になっていくと思います。

左:直売所メーメーの野菜ラインナップ 右:八王子モーモー体験農園の案内看板を作成

これからのコミュニティ農業

「今、あなたの家の近くに畑はありますか?」
「今、その畑ではどんな野菜が作られていますか?」

正直、身近な農業と接点を持つことは意外と難しかったりします。農家は、作る、売る、サービス提供など、いくつもの分野を把握して動かなければいけません。当たり前ですが、生産しなければ売上に繋がりませんので、一日のほとんどを畑で過ごします。日常的に農家が直接販売することはほとんどありません。そのため、農家と話す機会も少ないのかもしれません。また、ホームページやSNSなどでの情報発信を自ら行う農家は少ないため、情報を探し出すのも難しかったりします。

そのような中でも、畑の面積が約5,000㎡以下の農家は、畑に小さな直売所を設けているところが多いので接点を持ちやすいでしょう。直売所は単に野菜を売るためのお店ではなく、消費者(近隣住民)との接点を持つ場であると思います。会話のきっかけがなければ、なかなか農家と繋がる事ができません。つまり、直売所はコミュニケーションを生み出す手法の一つと考えています。

八王子モーモー体験農園 収穫体験イベントの様子

住宅地が隣接する東京では、特に近隣住民の理解がなければ農業経営の継続が難しいので現状です。近隣住民とコミュニケーションを取り、皆さんで支えるような農業経営ができたら、とても良いと思います。土づくり、種蒔き、草取り、収穫までの作業は、かなりの労力と時間がかかります。しかし、この一連の作業をみんなでやれば、労力がかなり減り、そこで過ごす時間でさえも居心地の良いサービスの時間に変わります。

これからの畑の役割は単に野菜の生産の場だけでなく、土づくりから始める農業の一連の流れがサービス(商品)そのものになっていくでしょう。実際、体験型農園、貸農園の開設も増え、ニーズもかなり高まりつつあります。

まだまだ魅力が多い東京の農業です。それぞれ規模は小さいかもしれませんが、住宅とこれだけ近い存在の畑で出来る事は、無数にあります。この東京の農業にこそできることは、私は農業の “人材育成” だと思っています。生産はもちろん、加工品、体験型農園、販売、流通など、農業を様々な側面から学ぶことが出来る農園が東京には必要だと思っています。東京には、たくさんの人材がいます。しかし、農業は参入することが未だ難しい業界です。「都市農業学校」を作り、農業をやりたい人が誰でも出来る環境を作ることが私の目標です。

文・写真:フナキ ショーへイ