ローカルニッポン

祭りから暮らしへ。創業103年を迎えた染屋が彩るサスティナブルな未来 後編

書き手:川島佳輔
株式会社COKAGE STUDIO代表取締役。クリエイティブディレクターとしてデザイン視点で地方の暮らしを豊かにする取り組みを行っている。
2018年岩手県奥州市にて元額縁店をリノベーションしたカフェ「Cafe&Living UCHIDA」をオープン。愛用している無印良品の商品はハードキャリーケース。

創業103年を迎えた岩手県一関(いちのせき)市の染屋「株式会社京屋染物店(以下、京屋染物店)」。祭りの半纏(はんてん)などを製作する傍ら、暮らしを彩る道具を展開する自社ブランドen・nichiを2019年に立ち上げるなど、今なお新たなチャレンジを続けています。
後編(前編はこちら)では、祭りを軸とした地域との関わりや、自社ブランドen・nichiの取り組みについてお伝えします。

2021年現在も新型コロナウイルスの感染拡大による行動制限がされるなか、古くから続く祭りも全国各地で中止が余儀無くされています。
祭りで使用する半纏や手ぬぐいの製造を行う京屋染物店も大きな影響を受けたと言います。

そんな中、京屋染物店では、en・nichiの商品としてマスクの販売をスタート。自社で製造した手ぬぐいからつくられる“手ぬぐいマスク”は、繊維に有害物質を含まない「エコテックス®スタンダード100」の認証を取得した生地を使用しているので、直接肌に付けても安心して使用できます。世の中が混乱するなか、マスクの販売を始めた経緯や思いについて京屋染物店企画広報・営業兼en・nichiディレクターの庄子さおりさんはこう話します。

en・nichiディレクターの庄子さおりさん

en・nichiディレクターの庄子さおりさん

庄子さん:
「新型コロナウィルス感染症の拡大により、日本のみならず世界中で大変な日々を送られている方が大勢いらっしゃいます。未だかつてない状況の中、『染物屋である私たちにできることは何か?』を毎日のように考えるなかで、今まで培ってきた染物屋としての技術をマスクという形にして少しでも多くの方にお届けしようということになりました。ありがたいことにメディアや口コミでマスクのことを知ってくださった方々が毎日店頭に来てくださり、たくさんのマスクが必要としている方の元に届きました。京屋染物店のある一関市にも2020年3月から8月までの計6ヶ月間、毎月50枚のマスクを寄贈しました」

生地を一枚一枚裁断、縫製するため、1日200枚のマスクを作るのが限界でしたが、開店から30分で用意した分が完売してしまう日々。オンラインストアからの注文も含めると日々300枚以上のオーダーが入る日々が続きました。マスクの生産が追いつかない状況でしたが、京屋染物店の支えになっていたのは祭りを通じて出会った地域の同志だったといいます。

手作業で製造する手ぬぐいマスク

手作業で製造する手ぬぐいマスク

コロナ禍で実感した、地域との関わりの大切さ

一関市内で障害のある方の就労支援を行なっている就労継続支援B型ブナの木園(以下、ブナの木園)。2016年頃から京屋染物店が製造した手ぬぐいの梱包などを請け負っており、京屋染物店にとってなくてはならない存在です。手ぬぐいマスクの販売時にも梱包や検品作業を依頼したそうで、地域のマスク需要に応えるため二人三脚でマスク生産に取り組んできました。ブナの木園の管理者、千葉誠弥さんは当時の様子を振り返り、こう話します。

ブナの木園管理者千葉さん

ブナの木園管理者千葉さん

千葉さん:
「京屋染物店代表の蜂谷さんとは市内のお祭りがきっかけで知り合い、仕事でも現在に至るまでご一緒しています。当事業所では、障害のある方々が社会と関わりを持てるように地域企業の仕事を請け負っています。利用者さんの中にはあいまいな基準を理解することが難しい方もいて、そういった方には梱包や検品という仕事はとても向いていると感じます。私たち職員よりも細かくチェックしてくれるので仕上がりはとても良いというお言葉もいただいていますね」

梱包に携わったみなさん自身が、京屋染物店に並ぶマスクを見かけたこともあるそうで、手に取ってもらえる瞬間を目にできて自信につながっているはず。と、千葉さんは嬉しそうに話してくれました。祭りがきっかけで生まれた繋がりが、仕事や日常に広がっていき、地域を豊かにしていく。このような瞬間からも、祭りは地域の暮らしを支えている、と実感できます。

何気ない日常を、特別な縁日に

2019年、京屋染物店は同社で初めてのオリジナルブランド “en・nichi(エンニチ)” を立ち上げました。en・nichiは手ぬぐいなど、これまで店頭で販売していた商品に加え、割烹着や猿袴など東北に伝わる作業着をベースに、刺し子や裂き織りの技術を用いて現代の暮らしにフィットする商品を販売しています。

創業100年の節目に立ち上げたen・nichi。ディレクターの庄子さんは、これまで培ってきた染屋としてのノウハウや祭り・ものづくりに対する想いを次の時代に伝えるために自社ブランドを立ち上げたかったといいます。

庄子さん:
「en・nichi立ち上げの2019年は、京屋染物店創業から99年にあたる年でした。これまで100年近くお客様からオーダーいただいた商品をつくってきましたが、培ってきたノウハウやお祭りへの思いを形にしたいと考えて立ち上げたのがen・nichiというブランドです。en・nichiは暮らしを彩る道具を提供するというコンセプトで、流行にとらわれない商品を展開しています。アパレルブランドのように、シーズンごとに新しいモデルを展開するのではなく、ずっと愛着を持って使っていただける道具を提供したいと考えています。

2019年度グッドデザイン賞を受賞したSAPPAKAMA(さっぱかま)は猿袴という古くから東北に伝わる野良着をベースにしたズボンです。SAPPAKAMAには、裂き織りのループが付いているのですが、洋服をかけるときに便利なんですよ。この裂き織りに使用している生地も商品として基準に達しない手ぬぐいを活用して製作しています」

製品にできない生地を裂き織りのループに

製品にできない生地を裂き織りのループに

庄子さん:
「また、職人がひとつひとつ手作りした商品をお客様と一緒に育てていきたいという思いから、永久修繕サービスも行なっています。ほつれや破れは何度でも無料でお直しを承っており、それ以外にも色あせてしまった商品の染め直しなども行なっているので、穴があいても、色が褪せても捨てなくていいんです」

商品のお直しは、en・nichi独自のサービスではなく、半纏などの祭り用品でも昔から行なっていたサービスだと言います。長年の着用による色あせやほつれなどを修繕して次の代へ引き継ぐ祭りの精神が、en・nichiにも感じられます。

和ごころと暮らそう。地域の文化と伝統模様を生かしたデザイン

日本には伝統模様という古くから伝わる模様があります。亀の甲羅を表し長寿を願う“亀甲”や、成長が早くまっすぐに伸びることから、子どもの健やかな成長を祈る“麻の葉” など、豊かな自然や季節の移ろいを模様にすることで、暮らしに取り入れてきました。

その歴史は平安時代まで遡ると言われ、現在まで絶えることなく使われています。en・nichiでも伝統模様をベースにして、手ぬぐいなどのデザインを行なっているそう。

庄子さん:
「手ぬぐいなどを染める際、京屋染物店のデザイナーがひとつずつデザインしていくのですが、ゼロから新しいデザインを考えるというよりも伝統模様や家紋を用いつつ、現代にも馴染むデザインにしていくことが多いですね。例えばこちらの手ぬぐいはうさぎをモチーフとしています。一関付近はおもちの種類が日本で一番多いと言われるほど、もち食文化が豊かな場所でして。もちつきといえば・・・うさぎかなということで、うさぎと月、お米をモチーフにデザインしました。うさぎと波は『波兎(なみうさぎ)』といい縁起の良い伝統模様として昔から愛されています。このように、地域性に加えて、古くからある模様を現代に取り入れるということを意識しています」

伝統模様を使用した手ぬぐい

伝統模様を使用した手ぬぐい

私たちが何気なく手に取っている手ぬぐいの模様にも、何かの意味が込められていると思うと大切に使いたいという気持ちが自然に湧いてきますね。

全2回に渡って岩手県一関市にある創業100年を超える染屋、京屋染物店についてご紹介してきました。古くからの伝統を引き継ぎながら新しい時代に向かって変化していく京屋染物店の取り組みからは、染屋として100年間続く理由が垣間見えました。100年と聞くと、とても長い月日ですが、目の前のお客様に寄り添い、一日一日を大切に過ごしていくことが未来に続いていく。京屋染物店のみなさんのはつらつとした様子は、心に “祭り” の合言葉があるからなのかもしれません。

文:川島佳輔
写真:京屋染物店、川島佳輔

リンク:
en・nichi(エンニチ)