ローカルニッポン

繋がる小さな経済循環 2 ━「ビールのまち、川口」のクラフトビール奮闘記━

サッポロビール埼玉工場が川口にあったのをご存じでしょうか。
“赤星”とよばれる日本最古のビールブランドでお馴染みのサッポロビールの工場は、1924年から2003年まで川口市にありました。川口市民はいつもサッポロビールで乾杯していたと言われるくらい生活の一部にビールがあったのです。今年は埼玉誕生150周年、埼玉県の偉人『渋沢栄一』が尽力したサッポロビールの前身の札幌麦酒会社も話題になりビールの歴史にも注目されています。

そんなかつての「ビールのまち、川口」にクラフトビール醸造所の新しい風が吹いています。クラフトビールとは、画一的ではない自由な発想のビールです。作り手によって色々なスタイルに生まれるクラフトビールはとても種類が豊富。フルーティで口当たりのよい種類や季節限定品もあり。何といってもここでしか飲めない贅沢感があるのが魅力です。

「ビールのまち、川口」の再来を思わせる川口市内の醸造所は作り手もビールも個性的。川口テイストもプラスした作りたてのビールに職人技が光ります。前回お届けした『新井宿駅と地域まちづくり協議会』の農作物を原料としたクラフトビール”神根セゾン”など、地域との関わりにも積極的な川口のクラフトビール4つの醸造所の活動をご紹介します。

量り売りもウェルカムな地域密着クラフトビール醸造所【ぬとり】

テイクアウトは缶ビール、持参した水筒、ボトルでも可、自由に量り売りしてくれる。

「いらっしゃいませ」
ふらっと立ち寄れる気軽さが魅力の「ぬとり」は2020年9月にオープンしたばかりの川口駅西口から徒歩10分のお店です。親しみやすい雰囲気のDIYの店内で、ビール醸造担当「ビールおじさん」こと山田泰一さんとお惣菜担当の「おかみ」山田小葉さんで切り盛りしています。

一つ一つを丁寧に、個性を重視したフレッシュなビール作りをモットーに常時4種類以上のタップ(ビールの注ぎ口)を用意しています。ご夫婦の人柄と作り手が見えるフレンドリーな小さな醸造所です。
缶ビールのテイクアウトや量り売りも大歓迎で、山田さんは気軽に立ち寄ってほしいと話しています。

山田泰一さん:
「ビールの楽しみ方は無限です。こんな時期なのでおうちビールもおすすめ。お客様持参の水筒、ペットボトルでも大丈夫、クラフトビールをいつでも楽しんでください」

マイクロブルワリーが併設されたタップルームでは、長年醸造に関わってきた山田さんを中心にビールの話で盛り上がります。

自家製醸造ビールには「超!!ぬとぺ!」(IPA) 「こんな夜にぬとりと飲めないなんて!!」(赤糖スタウト)など、思わずくすっと笑ってしまう名前もちらほら。川口産の果物を使ったエールはみかんの実も皮も入ったカラダに優しいビタミンビール。クラフトビールの詳細、モルト、ホップなどの割合も教えてくれるので、初心者でも気負わずクラフトビールを楽しむことができます。ビールと相性抜群のお食事もあるのが嬉しいですね。

【ぬとり】おかみの山田小葉さんとビールおじさんこと山田泰一さん

お店をやって良かったことはありますか、と聞いてみると。おかみさんは言います。

山田小葉さん:
「予想外の客層、親子連れや年配の方たちがクラフトビールを楽しみに来ています。クラフトビールは初めてという方もいて、ビールが苦手だったのにすっかりビール好きになった女性のお客様もいますよ。きっかけを作れたことは嬉しいです」

ご近所から始まるクラフトビールの輪、地域密着型の醸造所になりつつあるのは間違いないようです。環境の循環を考えた、麦芽かす(ビールの絞りかす)のリサイクルや、取得した狩猟免許を活かしジビエ料理を提供したいという目標もあるそうです。今後の【ぬとり】の展開が楽しみです。

自由闊達な拠点づくり!攻めてるクラフトビール醸造所【GROW BREW HOUSE】

【GROW BREW HOUSE】醸造長 岩立佳泰さん

「まちのビール醸造所」として2019年にオープンした西川口「GROW BREW HOUSE」

常時6つのタップが稼働するタップルームは気軽に立ち飲みできる空間で、地域コミュニティの拠点としてクラフトビールファンでいつも賑わいます。“ガチ中華”でお馴染みのこの周辺のおつまみであれば持ち込みOKという自由な雰囲気がご近所を巻き込んでの地域活性活動につながっています。

「GROW BREW HOUSE」は今までに100種類以上のビールを作っている、攻めの醸造所。IPA、ビター、アンバー、ペールエール、様々な種類のクラフトビールを季節ごとに毎回違うレシピで作っているそうです。

一方、時期を逃すと飲み損ねてしまうという季節限定クラフトビールは小さな醸造所の魅力となっています。地域連携にも積極的な「GROW BREW HOUSE」は地域農家とも交流が盛ん。農作物の収穫から携わることも度々あります。川口産の夏みかんや梅で作ったご当地セゾンはフルーティーな香りと喉越しの良さで毎回好評です。

青梅を川口・神根の農家で手収穫

昨年はオール埼玉県産を目指すクラフトビールづくりにも挑戦しました。今年も麦の手作業収穫をしていて、寝かせた大麦のリリースは来年明けとのこと。ご当地ビールへの期待は生産者の想いもこめて膨らみます。醸造長の岩立さんは更なる企画を話してくれました。

岩立さん:
「例えばベルギービールなどを使い、昔のビールをひもといてみたり、地場産の米を使って”どぶろく”づくりも計画しています。色々な分野にも取り組んでいきますので楽しみにしていてください」

地域コミュニティとしての拠点づくりを目指している【GROW BREW HOUSE】テイクアウト、量り売り、ビアリヤカーで出張販売など活動は盛んです。まずは気軽に一杯、GROW BREW HOUSEのクラフトビールを体験してみてください。

お多幸マークのパイオニア【星野製作所(麦)】

星野さん:
「ホップにフォーカスされているクラフトビールが多い中、あえてIPA*以外のビールを作っています。
色々なスタイルのクラフトビールがあるということがまだまだ知られていません。自分の作りたいビールを独自のスタイルで広めていきたいと思っています。」

と語るのは星野製作所(麦)の麦酒担当、星野さんです。
(*IPA(India Pale Ale)ホップを大量に使用してつくられるビール。強い苦味と香りが特徴。)

星野さんが考えるクラフトビールは「多様性」。ひとつの形式に絞らず様々な原料を使ったクラフトビールを作っていきたいというのがこだわりです。

星野製作所(麦)醸造家の星野幸一郎さんと草加で農場を営むチャヴィペルト農場長の中山さん

ビール醸造所らしからぬ名前「星野製作所(麦)」。町工場を経営していた実家の星野製作所と区別するために(麦)を付けたそうです。タコのマークは「星野幸一郎」の「幸」と多いを合わせた「多幸」(たこう)からきた「タコ」。星野さんのクラフトビールだということが一目でわかるタコのマークとなっています。

今までも地域の農産物、ビーツやハーブ、ショウガ、夏ミカン、スパイスなどを使ったビールを作ってきました。いずれも苦味が少ない口当たりの良いビールが特徴です。今後も一貫して星野製作所(麦)が作りたいビールをカタチにしていく方向だそうで、作り手によって味わいが異なるクラフトビールづくりはとても奥が深いと言います。

そんな星野さんはとてもユニーク。ビール名やラベルデザインなども手がけています。近日発売された「拝啓、君に似たお酒です」「なーに言ってんだかw」はラベルも個性的で印象的なクラフトビール。ここにも星野さんらしさが表現されています。

(左)会話風デザインのボトルと(右)タコのマークのクラフトビール(画像提供:星野製作所(麦))

イベント販売ではユニークなクラフトビールが話題になり日々広がっています。
作り手が見える、近距離で販売できる、コメントが見える、という点に面白さを感じており多くの人に星野製作所(麦)のクラフトビールを提供し続けていければと話していました。星野製作所(麦)のクラフトビールはイベント、酒屋さんなどで販売しています。タコのマークを見かけたら是非味わってみてください。星野製作所(麦)は実店舗がありませんので、FacebookなどSNSで情報発信しています。

バランスとクオリティ。クラフトビールの先駆け第一号店【川口ブルワリー】

【川口ブルワリー】川口駅から徒歩7分、店内醸造のクラフトビールと食事が楽しめる

「ビールのまち、 川口」を復活させたい思いでクラフトビール第一号!クラフトビールで地域活性を目標に2015年川口で初の醸造所&ビアレストランをオープンしました。『醸造のあった街からある街へ』がテーマです。

アメリカ・ブルックリンは醸造文化があった工業地帯。川口も麦味噌づくりの醸造文化がある工業地帯という共通点。マンハッタンを東京にしてみたら位置関係もよく似ています。再び「醸造文化のある街、川口」にしたいという想いから川口ブルワリーはスタートしました。

醸造所を併設したビアレストランは家族連れでもゆったりとくつろげる空間。みんなでワイワイとクラフトビールを楽しめるお店になっています。

川口ブルワリーでしか味わうことができない自家製クラフトビールは川口市ゆかりの名前が多くつけられています。地元愛があふれ出す”川口御成道エール” ”キューポラスタウト” ”からくりどけいのセッション”など。川口市民であれば聞き覚えのあるネーミングばかりで思わずグラスが進みます。口当たりの良さが自慢の地域の柑橘系を使ったクラフトビールは女性に人気の一品です。

豊富なメニューが嬉しいフード系も充実しています。埼玉県産の野菜をたっぷり使った窯焼き料理はビールによくあう味が勢ぞろい。一方、飲むだけじゃない、クラフトビールを上手に利用した興味深いメニューもありました。例えば川口御成道エールを使った「唐揚げエール」、ホワイトリリィヴァイツェンを使った「貝のクラフトビール蒸し」など。「IPAティラミス」というスイーツまであって、クラフトビールをとことん楽しめる内容になっています。

【川口ブルワリー】醸造長 五島 脩さん

醸造長の五島さんはクラフトビールづくりが本当に楽しいと言います。

五島さん:
「今まで地域の方々とのたくさんのご縁があり、地場産の農作物を使う機会がとても増えました。これからもつながりを大切にしながら地元色あふれるハイクオリティのクラフトビールを作っていきたいとおもっています。醸造見学も案内しますので気軽にお声がけください。」

和テイスト満載な川口産の古代米で作った”ジャパニーズビール”も今後発売(醸造)するそう。クラフトビールマニアも初心者も是非試してみることおすすめです。【川口ブルワリー】はテイクアウトも量り売りもしています。おうちビールタイムも是非お楽しみくださいとのことでした。

4つの醸造所はいずれも川口市内。「美味しいクラフトビールをつくりたい」という想いを共有するために会議をすることも多いそうです。クラフトビールが「まちおこし」の起爆剤となり、地域との繋がりに一役買っているのは間違いないように感じました。「ビールのまち、川口」の復活にむけて奮闘する次世代ブルワリーたちの活動にますます目が離せません。是非とも作りたての個性あふれるクラフトビールを飲み比べてみてはどうでしょうか。特別な日でも気軽な日でもビール片手に前向きに!新しいカタチのクラフトビールは川口から発信していきます。

次回は
『大河ドラマもビックリ!?
関東治水に活躍した謎の城主伊奈氏と秘伝の赤山柿渋』をお送りします。

文・写真:ミモデザイン