共働きやひとり親世帯、就学援助世帯などの小学生を対象に、遊びや生活の場を提供する放課後児童クラブ。学童とも呼ばれ、子どもの健全な育成を支える施設として日本全国に置かれています。その形態は小学校の敷地内や公民館を利用したもの、民間企業が運営するものなどさまざま。就労形態や社会構造の変化、家族のカタチの多様化が進み、今まさに放課後児童クラブの質と量がいっそう求められているようです。
福岡県福岡市で「山王(さんのう)ひなた美術教室」を運営する成田鐘哲(なりたしょうてつ)さんは、自身の作家活動と美術教室を並行して3年前に放課後児童クラブ「山王学舎」という子どもたちの居場所を作りました。成田さんが目指したのは、放課後児童クラブの対象になる子どもだけではなく、周辺地域の子どもたちが幅広く利用できる”場所”です。ここではいつもワイワイと賑やかな声が響き渡り、さらに大人たちも一緒に楽しんでいる様子が伺えます。子どもと大人が楽しめる放課後児童クラブとは? そのユニークな活動について、建築家目線を少し交えてレポートします。
場と食と学習を充実させる
未だ暑さが残る10月初旬の土曜日、山王学舎に成田さんと若いスタッフ、ボランティアの方々の計の4名が集まりました。この日は「子ども食堂」の開催日です。山王学舎の建物は、古い木造2階建ての長屋をリノベーションしたものです。(筆者は山王ひなた美術教室と山王学舎の設計デザインを担当しました)。山王学舎が建つ博多区山王は博多駅に近い商圏エリアで、利便性があり昔から多くの人々が住む地域でありますが、都市化が進むにつれ地域のコミュニティがどことなく希薄な場所です。山王学舎のレトロな佇まいはそんな地域に親しみを持って馴染んでいます。
山王学舎では平日の放課後児童クラブを主軸に月2回の子ども食堂・料理教室などの様々なイベントを開催しています。1階で食堂が始まる夕方までの間、2階の学習スペースで成田さんに山王学舎設立の経緯や運営・取り組みなどについて尋ねました。
成田さん:
「子どもから大人までさまざまな方が美術に触れ合い学べる場として、山王ひなた美術教室を妻と共に2014年から運営しています。私たちには小学生の二人の娘がおり、彼女たちを通じて放課後児童クラブに通う子どもたちのことを知り、興味を持ちました。いくつかの放課後児童クラブを見学し、学習支援を中心とするだけでは子どもたちを全面的に支えるのは難しいのではないか? 色々な理由で放課後児童クラブへ行きたくても行けない子もいるのではないか?受け皿をより広く、校区を超えたゆるやかな放課後児童クラブも必要ではないか? と考えるようになりました。例えば学習支援で健全な育成を図るのではなく、そもそも子どもたちが通いたくなる楽しい場所であり、食事ができたり楽しいイベントがあったりと”場”と”食”と”学習”が充実し、たくさんの子どもたちが参加できる。そういう場所を作り出すことを目指しました」
2階の学習スペースは6畳二間で、大きな造作のテーブルが置かれています。壁には子どもたちや職員が描いた絵や寄付されたたくさんの本が無造作に並べられ、眺めるだけでも楽しい気分になります。広さはないので、リノベーションでは天井の木組みをあらわにし、開放的な空間作りを心がけました。壁面には木の集成板を張り巡らせ、やさしく心地よい雰囲気に。秘密基地のようなロフトも設置しています。
美術を学習に取り入れると…
成田さん:
「山王ひなた美術教室から持っている美術表現のスキルを、放課後児童クラブの学習にも取り入れています。非言語領域である美術や造形の学習は何にも代え難いものであり、通常の学習に導入することで記憶や体験として残ると考えています」
職員と子どもたちとの距離の近さもここの特徴です。先生と生徒というより、近所のおじさんお兄ちゃんと子どもたちのような……。ひとつのテーブルで肩を寄せ合い、宿題や授業の復習をする姿が目に浮かびます。成田さんとお話していると、1階からおいしそうな香りが漂ってきました! 「子ども食堂」の方はどのように取り組んでいるのでしょうか?
成田さん:
「福岡市が行う『子どもと食と居場所づくりの支援事業』に認可された事業所として補助や助成を受けています。他にフードバンクや民間企業、一般の方々からの暖かいご支援、ボランティアスタッフの方々のお手伝いもあって運営ができています。ただ、これらのサポートだけでは、まだ多くの子どもたちを支えるのに満足のいく運営には至っていません。子ども食堂の他にも、子どもの料理教室、お泊まり読書会、焚き火の会などの体験イベントを行っていますが、これらも含めより充実した内容にしたいと考えています。このレトロで親しみのある建物が地域の子どもたちの居場所として、しっかり受け入れられるためにはより多くの支援が必要です」
大柄で、丸いメガネと首に巻いた手拭いがトレードマークの成田さん。この場所の運営者ですが、子どもたちにとってはみんなのお父さん的な存在でしょうか。「しょうてつ先生」が愛称です。
色々なお話を伺っているうちに、バタバタと子ども食堂がオープンです。山王学舎の建物は古い長屋の木造2階建てで間口が狭く奥行きのある、いわゆる”うなぎの寝床”のような間取り。1階の入り口にあった土間の車庫部分を食堂に、その奥に広いカウンターテーブルを配し、カウンター内が厨房です。入り口に暖簾が掛かり、どこで見つけたのか昔のキリンビールの看板に明かりが灯ると、子ども食堂には一気に昭和の雰囲気が漂い始めました。
この日のメニューはカレーライスと春雨サラダ。子どもたちの大好きなカレーと唐揚げが定番メニューだとか。味を決めるのはボランティアの青山さんで、子ども食堂の料理番です。青山さんはもともと山王ひなた美術教室で絵を習っており、成田さんから山王学舎設立の話を聞いて興味が湧き、ボランティアとして参加することになったそうです。カレーを食べた子に感想を聞いてみると、「美味しい! この前のやつはもっと辛かったから、今日は食べやすい!」と。味がまちまちというユルさ加減もここらしさでしょうか。子どもも大人も次第に人数が増え、賑やかになってきました。食事を終えた子どもたちは、では帰ります、ではなく急いで2階へ! 覗いてみるとそれぞれ漫画を読んだり、しょうてつ先生と950ピースパズルに興じたり(1日で終わるわけがない!)、学年を超えてガヤガヤと楽しんでします。子どもたちはひと通り楽しんだ後、みんなで壁面に投影したアニメを鑑賞して家路についたそうです。
山王学舎に集まる大人たち
月2回ボランティアで参加している大田さんは静岡県出身。就職で全く知り合いのいない福岡県へ来ることになり、人との繋がりを求めてここに辿り着いたそうです。青山さんに続く料理番?として期待されています。
今回初めて参加した柳瀬さんは、短期大学でのボランティアの課題をきっかけにやって来ました。自分のことを人見知りだと思っていましたが、子どもたちと話すうちに楽しくなって新しい自分を発見できたとのこと。孫と一緒に参加した杉本さんは、とにかく孫が山王学舎に早く行きたい! といつも心待ちにしているそうでこの日のいちばん乗りでした。
そして山王学舎の屋台骨、崎山さん。設立当初からのスタッフで、みんなから「しゅうへい先生」と呼ばれ親しまれています。子どもたちの学習サポートからイベントポスターのデザインなど、山王学舎のカラーを担うお兄ちゃん的存在です。以前子ども食堂がコロナの影響で中止になって代わりにお弁当を出された時があり、その凝ったパッケージに私も驚いたことがありました。よくよく聞くと子どもが描いたモンスターのようなイラストを、崎山さんが選んで使ったそう。良いものを見逃さずに拾い上げる感覚が鋭いのだなと思いました。そんな崎山さん、次は子どもたちとラジオ放送づくりにも挑戦したいとのことです。
今後の山王学舎の取り組みについて成田さんは、「居場所としての可能性」をもっと探りたいとのことでした。現在すでにフリースクールとしても使われていて、小学生だけでなく中学生、高校生と年上の子どもたちがやって来ることもあります。事情があって家に帰れなくなった子に場所を提供することもあるかもしれません。それならば宿泊できるようにする必要もあります。ですが、子どもに関するさまざまな問題に放課後児童クラブとして対応するには、まだまだ行政のハードルの高さがあるようです。
そして成田さん、実は何より大人が楽しく集まれる場所にしたいと考えています。具体的には、子ども食堂がお休みの日に「大人食堂」をやってみたり……。地域の大人が集まる場所に子どもたちも集まって一緒に楽しめると、何か新しいものが広がるのではないでしょうか? 山王学舎のユニークな活動に今後も目が離せません。
文・写真:鶴田じろ(冒頭の写真 イクマサトシ TechniStaff )
リンク:
山王学舎HP