水戸の「まちなか」は、私が物心ついた頃からシャッター街でした。そのため、水戸で生まれ育ち地元の大学に進学した私は、水戸のまちなかに少しだけ暗いイメージを持っていました。
しかし今、元気がなくなった水戸のまちなかを取り戻そうと奮闘する人たちがいます。国・県・市などの“官”と、学識経験者や専門家、商店会、企業や公共交通事業者や都市再生推進法人をはじめとする“民”で構成される「水戸のまちなか大通り等魅力向上検討協議会」。
今回、協議会による官民連携の取り組み、「MITO LIVING ISLAND」プロジェクトを紹介していこうと思います。
インタビューに答えてくださったのは、協議会事務局長で都市計画コンサルタントの三上靖彦さんと、協議会専門委員で一級建築士の中山佳子さんの2人。まず、水戸のまちなか大通り等魅力向上検討協議会発足のきっかけについて、三上さんにお話を伺いました。
かつての水戸と、まちを盛り上げようと奮闘した軌跡
三上靖彦さん:
「1985年ごろの水戸は、小さなまちながら大型店がいくつもありました。その頃は、路線バスも今より多く走っていたので、公共交通機関だけで水戸のまちなかを周る事ができました」
かつては全国でも指折りの賑わうまちでしたが、1990年代のバブルの崩壊とともに衰退の一途を辿ることとなります。そうした状況のまま21世紀を迎え、現状を打開しようと2003年に立ち上げたのが「茨城の暮らしと景観を考える会」でした。しかし、行政から仕事を受ける形で活動をしても、地域が元気になっている実感はほとんどなかったと三上さんは話します。
三上靖彦さん:
「そこで、民間でもない行政でもない中間組織であるNPO法人を立ち上げて双方を盛り上げようと試みました。それでも、まちなかを盛り上げるのは非常に難しかったです」
その後、2008年に立ち上げた「水戸市中心市街地活性化協議会」では、これまで商工会議所が中心だった活性化の取り組みに、民間のインフラそしてNPOも加わりました。その後、何回か組織の改編を重ね、昨年、国土交通省の官民連携まちなか再生推進事業の一環として、南町の大通りと裏通りを活性化する「水戸のまちなか大通り等魅力向上検討協議会」が作られることになりました。
地域活性化の動きは近年始まったものだと思っていたので、まさか30年以上前から現在の協議会に繋がる活動が行われていたとは意外でした。
本来の水戸のまちなかを取り戻す
このような経緯で「水戸のまちなか大通り等魅力向上検討協議会」が発足しました。三上さんと中山さんが出会ったのもこの頃。中山さんは協議会が始まってからひと月程経ったところ、すでに活動に加わっていた同世代の委員、豊崎悟さんから「力を貸してほしい」と連絡をもらい参加することになりました。それ以降、三上さんを中心に官民の年長者による地元調整や手続きを中心としたバックアップのもと、中山さんを中心に20代後半から40代前半までの若手が、企画・設計・運営を推進し、約1年間活動を進めてきました。
次に、協議会専門委員で一級建築士の中山佳子さんに協議会では具体的にどのような取り組みを行っているのか、お話を伺いました。中山さんは、都内の組織設計事務所に勤務。建築や都市空間の企画・設計・コンサルタントを専門とし、ときにグラフィックデザインに携わっています。現在の住まいは都内ですが、高校生までは水戸のまちなかで生まれ育ち、この地で暮らしてきたそうです。
中山佳子さん:
「昔からいわゆる『ハレの場』として栄えてきた水戸のまちなかですが、今は空洞化が待ったなしで進行しています。水戸のまちなか大通り等魅力向上検討協議会は、車中心のまちから人中心のコンパクトな、まちなかの空間再生を目指して昨年発足されました」
2020年度、全国の県庁所在地では唯一水戸のみ地価が下落。まちなかの空洞化は進み、悲しいことに水戸は歩行者に優しくない車のためのまちなかになってしまっているのです。しかし中山さんは、水戸は本来、人が住むのにとても適している街だと言います。
中山佳子さん:
「江戸時代、水戸の那珂川と千波湖の面積は今より数倍大きく、この2つに囲まれた市街地はまさに水の中にぽっかりと浮かぶ島でした。この地形が400年以上変わっていないのです。徳川光圀公や斉昭公が見ていた景色と同じ景色を見ているのは面白いなぁと思います。これこそが水戸の地理的な独自性だと考えています。さらに緑が多くて災害にも強く、日照も安定しています」
車から人中心の都市空間を再生するため、協議会で昨年作成したのが「MITO LIVING ISLAND-挑戦心を育む、コンパクトなまちなか暮らしを取り戻す-」 という未来ビジョン素案です。人が歩きやすいウォーカブルなまちづくりをコンセプトに、地元若手メンバーの想いをもとに、「挑戦心を育む」まちを目指すサブテーマを掲げています。
コロナ禍だから生まれたオンライン併用のつながり
MITO LIVING ISLAND構想では新しいライフスタイルを作るというということを大事にしています。何か挑戦したいアイデアを閃きたいという人たちが集まり、その人たちが共鳴しあう場所を作ろうとしています。この未来ビジョンを知って、いいね!と共感した人たちが誰でも参加できるようなオープンプラットフォームとして今年5月からはじまったのが「水戸まちなかデザイン会議」です。これまでに10開催されています。専門家によるオンライン勉強会、まちなかの現状把握・課題抽出と提案共有を目的としたワークショップ、体を動かしながらメンバー同士の一体感を高める、清掃や施工DIYワークショップのプログラムで構成されています。
三上靖彦さん:
「会議には、官民産学それぞれから、18歳から68歳の幅広い年代の人、延べ150人以上が参加してくれています。水戸在住の人だけでなく、水戸にゆかりのある県外在住者やビジョンに共感した全国の人がオンラインで気軽に繋がって意見を交換できるのは、コロナ禍ならではだと感じています」
中山佳子さん:
「デザイン会議を通して、水戸出身の東京で働く専門スキルをもった人材が企画に深く関わってくれたり、都市計画や土木を専攻する都内の大学生と茨城大学の学生の人材交流があったりと、普通では起きないようなコラボレーションが起きたのは、オンラインを併用しデザイン会議を開催したからこそだと思います」
スタートした試行・実証実験「水戸まちなかリビング作戦」
未来ビジョン素案の妥当性を検証するため、「水戸まちなかリビング作戦」が10月9日~31日まで実施されています。
中山佳子さん:
「水戸まちなかリビング作戦」は、今ある屋外空間を少し整え、快適な居場所「まちなかリビング」を作り、みんなで使ってみる試行・実証実験です。水戸駅北口前の大通り沿い、南町2丁目の読売会館から南町3丁目の南町自由広場までを実施エリアとしています。
まちなかを歩いて楽しめる、8ヶ所の滞在空間と、それらをつなぎ合わせるストリートサインで構成しています。滞在空間は、空き地をドッグランとして無料開放したり、風が強く暗い貫通通路に、風を活かした音と光のインスタレーションを出現させたり、普段あまり利用されていない広場に植物やベンチ、スタンドテーブルを設置することで使いやすいパブリックスペースに整えたりと、既存の場所の価値を活かす最小限のデザインを行うというものです」
デザイン会議のメンバーで大掃除をして美しく生まれ変わった、半屋外のワークプレイスもあります。近くで働く人たちがそこでお昼ごはんを食べていたり、子供たちが塗り絵をしたり、さっそくまちなかに馴染んでいるとか。
そして点在する滞在空間を繋ぎ合わせるように、黄色のストリートサインを設置しました。交通安全性の低い裏通りでは、歩行者と車が共存しながら安心して歩ける仕掛けとして、白線を引き換え歩行者空間を拡げた上、お店の出入り口など人の出入りのある場所には半円模様のサインでドライバーに注意喚起を促します。黄色の仮設テープは、道路、民間地問わず実験会場の床や壁に張り巡らされており、歩いて楽しい、まちあるきの誘導サインになっています。
「これが実現できたのは、デザイン会議に集ってくれた人同士の強い信頼関係にもとづく、官民連携の賜物です」と中山さん。
三上さんは、「私たちの取り組みのいいところは、民間の力が主導で進んでいるところだと思います。ビジョンを知って、いいね!と思った人たちの“共感”が原動力になっています。取り組みの狙いは『ウォーカブル』なまちです。居心地がよく歩きたくなるようなまちなかづくりを目指しています。まちなかだけでなく水戸市全体を元気にするためには、歩きやすいまちをつくることが重要だと考えています。歩きやすくなれば、まち全体が元気になると思うんです」と言います。
この実験における、空間活用の自発的企画「まちなかチャレンジ」のアイデアは、デザイン会議内のワークショップで募ったそうです。空間再生や活性化と聞くと、市民があまり関与することなく計画が進むイメージを持っていました。ですがMITO LIVING ISLANDプロジェクトの取り組みでは、地元住民をはじめ10代の学生や県外在住者など、ビジョンに共感した誰もが気軽に参加できる開かれた雰囲気のもと、実験中に創られた空間の活用主体は参加者自身であるとのこと。とても新鮮に感じました。
「この企画は、未来ビジョン素案のサブテーマである、挑戦心を育むまち、挑戦したい人が集まるまち、のトライアルになっています」と中山さん。
「若い人の力を大切にしていきたい」三上さんはインタビュー中何度かこの言葉を口にしていましたが、実際に「まちなかチャレンジ」の一環として、大学生が中心となって企画運営する、屋上カフェも開設されています。
中山佳子さん:
「来年3月の、未来ビジョンの確定させるために今回の実証実験を通して、どのくらいウォーカブルなまちとしての可能性があるのか検討していきたいです」
三上靖彦さん:
「民間と行政が上手く連携していく雰囲気がやっと出来上がってきたと思います。この流れを来年以降も持ってきていければいいですね」
水戸を動かすひとを若返らせていきたい、そして居心地よく歩きたくなるような都市空間を作りたい、という三上さんと中山さんの思いが着実に形になっているのだなと感じました。約1ヶ月の試行・実証実験を通して、水戸のまちなかがどのように変わっていくのか楽しみで仕方がありません。私も、見慣れた水戸まちなかの大通りと裏通りを改めてゆっくり歩いてみようと思います。
文:髙橋葵
写真:藤川尚(水戸のまちなか大通り等魅力向上検討協議会 事務局)
*(1枚目のみ:新井 達也/GRAPHY Inc.)