ローカルニッポン

若手有機農家が新規就農研修生を受け入れ-南房総オーガニック(後半)


前回に続いて千葉県館山市・南房総市で新規就農した若手有機農家を中心としたグループ「南房総オーガニック」の取り組みをご紹介していきます。自然の中での仕事、食の安全、そして暮らしという観点から新規就農者が増えてきていることをお伝えしましたが、仮に農業に興味はあってもどのようにして農家になるのかイメージが掴めない、というのが大半の方の感覚ではないでしょうか。そこで今回は、新規就農を希望する研修生の受け入れを今年から始める南房総オーガニックに、有機農業で就農することとはどういうことなのか、聞いてみました。

有機農家を目指す前に知っておくべきことは?

南房総の30代若手農家で長年有機農業を実践しているのが「おかもファーム」岡本高憲さん(トップ画像)。南房総オーガニック立ち上げ時の会長でもあり、有機肥料も使わず完全に土の力のみで野菜を育てること今年で9年になります。岡本さんの前職は農林水産省の事務職員。事務ですので、土に触れることはありませんでしたが、仕事柄興味をもったことで農業体験などに参加して土に触れていくうちに、就農を決意するに至りました。この岡本さんに有機農業での就農についてお話を伺いました。

―土が大事―

「よく言われているように有機農業は「土」が大事なんです。私の場合作物が育ちやすい土の環境を、植物と一緒に作っていきます。しかしこの方法で土を豊かにして野菜が育ち始めるには一定の時間、そうですねぇ最低でも3年はかかったと思います。この期間を乗り切ることがなかなか難しいんです。」

植えたばかりのサニーレタス

植えたばかりのサニーレタス

新規就農といっても新しい事業を始める以上、他の職種での「起業」と同様に資金繰りや事業(栽培)計画が必要です。この点、農業は農機具や機械の費用が高く、低金利の融資制度などの支援もありますが、有機農業で大事なポイントは時間のかかる土作り。経済的、忍耐の問題からこの期間で挫折してしまうケースも少なくないようです。

―なるべく多くを見て感じて―

「私も就農前に「土佐自然塾」に1年間研修にいきました。栽培から経営まで幅広く教えてもらい、その経験が今に生きています。しかし、ここで重要なのがもう1点。研修した場と、自分でやる土地は異なるということです。つまり、研修先で習ったことが土地によっては通用しない場合もあるんですね。最終的にはその土地に合った、できるだけリスク管理できる多角的な考えが物を言います。そこで、今回南房総オーガニックで独自の研修制度を行おうということになりました。」

メンバー全員で新規就農研修生の受け入れ

昨年完成した新規就農者支援施設

昨年完成した新規就農者支援施設

土地の性質や気候によって、土づくりや作物の栽培法を検討していく有機農業。決められた方法があるのではなく、作り手の知識と経験に裏付けされた判断が作物の生育に大きく影響します。通例、研修というと一か所で終えることが多いそうですが、せっかく個々に実践してきた農業の形が異なる南房総オーガニックだからこそ、メンバー総出による研修生受け入れを行うとのこと。1週間ずつ、各メンバーの畑で研修を行い、これを希望期間に合わせて巡回するようにコースが用意されるそうです。

昨年には、以下で紹介する太陽農園にて新規就農者支援施設が完成しました。生活から事務処理まで行うスペースがあり、太陽光発電や耐震設備を完備した近代的でスタイリッシュな研修施設です。研修制度は8月から始まるということですが、詳細は追ってHPまたはFacebookページなどで公開するそうですので、ご興味ある方はお問い合わせください。

施設内キッチンダイニングスペース

施設内キッチンダイニングスペース

南房総太陽農園 堀尾勝さん

南房総太陽農園 堀尾勝さん

南房総市白浜町にて営農し、昨年父親の会社と共に新規就農者支援施設を建てたのは南房総太陽農園 堀尾勝さん。6年前に白浜で新規就農した理由は、家族が白浜に移住を決めたことが大きかったようですが、この堀尾さんも様々な農業研修を通じて南房総に辿りついた有機農家の一人です。

「もとは農業というよりも世界史や環境問題に興味がありまして、東京農業大学の国際農業開発学科に進学し勉強していました。 大学卒業後は在学時の机上の勉強だけでは物足りずに実地での環境に配慮した農業を学びたいと思い立ち、宮崎県綾町という有機農業で有名な場所に4年間で2か所での研修を行いました。そこでは肥料を使わずに微生物を利用して作物を育てる農業に出会うんですね。具体的には近くにあるしめじ工場から出される廃菌床を利用していましたが、白浜で同じことをやっても全くうまくいかず、就農してから3年ほどは迷走が続いてしまいました。これではダメだと思い宮崎でのやり方から一部変化させて、ここ2~3年でようやく上向きになってきました。」

堀尾さんは、学問的な関心から有機農業に取り組んでいる農家。綾町にて微生物による土壌改善の仕組みを学び、就農した白浜の地にてこれを応用した農業を行っています。農業の科学的な研究が飛躍的に進展する現代、こうした研究に基づいた有機農業に期待が高まります。

ゆうゆう農園 西木裕次郎さん

ゆうゆう農園 西木裕次郎さん

そして、静かで大人しい人柄ながら、南房総オーガニックで最も百姓らしい風格を誇るのが西木裕次郎さん。館山市の神戸地区に5年前に移住して1町歩(約1ha)ほどの畑で季節野菜を年間50品目ほど育てています。西木さんはどのようにして農業の道を歩み始めたのでしょうか?

「高校在学中から絵画で美大を目指していましたが二浪してもうまくいかず、この先どうしようか悩んでいたところ、茨城県にある「スワラジ学園/百姓の家」という場所を知って入学しました。そこで1年間自給自足の生活を送ったのが、農業との初めての出会いです。農業が肌に合っていたので、卒業後紹介を受けて「帰農志塾」という新規就農研修場へ入ったのですが、ここが有機農業界でも有名な規律正しい研修所でして…。精神を叩き上げられましたね(笑)。それでもなぜか5年も居させてもらって、有機農業はもとより社会経験も学ばせてもらったことに感謝してます。」

西木さんは、アートや精神文化から農業と出会った農家。宮沢賢治に代表されるように農業とアートとは意外に近い関係にあるようです。そんな西木さんが神戸地区の砂地で作る芋は定評があり、毎月第1日曜日に開催される「日曜マルシェ」でも人気の商品となっています。

週に二回お互いの作業を手伝いあう西木さんと堀尾さん

週に二回お互いの作業を手伝いあう
西木さんと堀尾さん

全2回で南房総オーガニックの取り組みを紹介してきましたが、それぞれのメンバーが独特の経歴やコンセプトを持って新規就農し、有機農業に取り組んでいることをお伝えできたでしょうか。5月16日には無印良品有楽町店前にてマルシェが開催されます。共同栽培したそら豆を中心に手塩にかけて生産した農産物が並びますので、お時間ある方はぜひフラッと遊びにいってメンバーと直接話をしてみてください。きっと房州の穏やかな風土が伝わると思います。

文:東 洋平