福岡県福岡市の西方、西浦の漁港がある小さな町に、「MATERIAL MARKET」はあります。ここは、久保哲也さん・睦(むつみ)さんご夫妻が運営する、廃材アイテムを紹介するセレクトショップ。店内を見回せば、紙、木、布、陶器など、異なる素材やかたちのものが目に飛び込んできます。
ものをつくる過程で出る廃材。そのものだけを見ると、どうやって使えばいいのか用途のわからないものが多数ですが、ディスプレイの仕方もユニークで、“眺めているだけで楽しくなってくる空間”というのが第一印象です。
もともとはご夫妻ともに会社員としてデザインの仕事をしていたというおふたり。廃材に着目し、店舗を開いた理由について伺いました。
デザインを通して見てきた廃材の存在
哲也さん:
「いずれは独立を考えていたので、2015年に福岡でデザイン事務所を立ち上げました。横のつながりを持てたらということで、『イノベーションスタジオ福岡』という産学官民が一体となりイノベーションの創出に取り組むことを目的としたプロジェクトに参加したんです。その時のテーマが“隠れた資源をデザインする”でした」
日頃からプロダクトデザインの仕事を通して、ものづくりの過程で出る産廃物を目の当たりにしていたという久保さんご夫妻。さらには、睦さんのご両親が20年ほど前からアップサイクルプロダクトの事業をしていたこともあり、独立するなら、できるだけ捨てずに長く使えるものづくりを意識していたといいます。
そうした想いのもと、「テストマーケティングしてみよう」と始まった「MATERIAL MARKET」。初期メンバーは、リノベーション賃貸を行う企業の社員、家具メーカー社員、異業種の会社員といった多様な仕事仲間たち。一緒に、出張イベントなどに出店したり、場所を借りて展示会を開いたりと、活発に活動していきました。
哲也さん:
「始めて2年ほどはさまざまな場所で開催されるイベントに参加するなど転々としていました。その中で在庫を抱えるので、やっぱり実店舗があったらいいねということになり探していたら、この場所に出合ったんです」
「土曜日のMATERIAL MARKET」がスタート
知人から紹介されたのは、福岡市から西へ車で1時間弱、玄界灘に面した西浦という地域。かつて商店があった港町の一角にある空き店舗でした。
睦さん:
「できるだけ長く続けたいという気持ちがあったので、格安だったこと、ものづくりする人が多く暮らす糸島市が隣にある、この地域のゆるやかな空気感も気に入って決めました」
本業とのバランスを考え、土曜日だけオープンする廃材のセレクトショップ「土曜日のMATERIAL MARKET」がここからスタートしました。
哲也さん:
「廃材や端材、デッドストック品……初めのうちは、それらを加工し実用品を作って販売していたんですが、小さなものから加工してものをつくるというのは難しいんです。怪我のリスクをはじめ、時間と労力を要する分、どうしてもコストがかかってしまう。けれど、買い手にとっては『材料費はゼロなのに、この価格?』という感覚があるんですよね。そのギャップに悩みました。
考えた結果、廃材そのものを販売してみることにしました。5、6年前はハンドメイドやDIYが盛り上がってきた時代。ここにあるものはホームセンターで扱っていない素材だから、みんな面白がってくれるんじゃないかと思いました。手間をかけて廃棄されるものの中から、素材として面白そうなものを選んで、あとは自由に使ってもらおうって」
互いの視点から選んだ、個性的な廃材たち
では、実際にどんな廃材アイテムがあるのか見ていきましょう。 例えば、「ハマ」と呼ばれる陶製アイテム。
哲也さん:
「仕事でお付き合いのあった佐賀県伊万里の窯元を訪ねた時、床にこの陶器のかけらがたくさん落ちていたんです。聞けば、焼成する際に製品を置く土台として使うもので使用後は産廃になってしまうと。面白い素材だなと思って、もう3年ほど仕入れているものです」
アクセサリーや花器を置いたり、染みが気にならなければコースターやオイルディフューザーにするなど、いろんな使い方ができそうです。 そして、木材の廃材。各工場から出るかたちもさまざまな端材を扱っています。
哲也さん:
「例えば、大分県日田地域のヒノキでできた駒材と呼ばれるもの。ヒノキや杉を板状にした際に、節部分に“死に節”といって、丸く抜け落ちるものがあるため、この『ヒノキコマ』を使い穴に埋めるために使用するのですが、ヤニを多く含んでいたり色が濃すぎて節埋め材として使いにくいものが端材として大量に出るんです」
ヒノキの香りを消臭や癒しとして楽しんだり、色を塗ったりフレームに入れて飾るだけでアートにも変身します。
また、西浦の漁港ならでは、ローカルな地元のアイテムが、あるとき睦さんの目に留まりました。
睦さん:
「これは漁港を歩いて見つけた『焼岩(やきいわ)』と呼ばれるもの。漁師さんが網を沈める際に取り付ける重りなんですね。昔は陶磁器製だったものが割れるという理由からステンレス製になっていったそうで、とにかくフォルムがかわいくて! 漁師さん的にはこんなん売れるの?ってリアクションでしたが、買い取らせていただきました」
大きいものだと、ブラシなどの長ものを差したり、ドライフラワーを飾ったり……海底で削られ、自然と傷ついたり割れたり、打ち捨てられていたものに、再び光が当てられたのです。
素材の可能性を手に取る人に委ねる
取り扱う廃材の大半は、九州のものが中心ですが、一部、イベントなどで縁のあった県外の企業や作り手との取引も。兵庫でオリジナルの手染め糸をつくる糸作家から仕入れている紙製の糸巻きの芯の部分、ロゴが変更になり廃棄処分になった理化学用ガラス、カラフルなシリコン製コースターを型取りした後のアメーバ状の残部…現物がなくなったら終わり、一期一会の出合いを楽しめるのも「MATERIAL MARKET」の魅力です。
睦さん:
「私たちは普段出来上がったものしか目にしませんが、ものがかたちになるまでには、こういう道具が使われて、こういう製造過程でできていくんだ、捨てられるものもいろいろあるんだとか、そんな経験を一緒に伝えられたら、ものを大事に使ってもらえるきっかけにもなるんじゃないかなと思って、このお店を続けています」
ここに来ると、みんなじっくりゆっくり時間をかけて見ていくそうです。創作活動している人、雑貨を見るように感覚的に楽しむ人などさまざま。「何ができるかな」など自然と会話が生まれ、居合わせた人たちと共有する時間が楽しいといいます。
睦さん:
「接客する上で、私たちが大事にしているのは、説明を求められない限り、あまりこちらから使い方について話さないことなんです」
それは、素材の魅力や可能性を、手に取る人に委ねたいという思いから。逆に、お客さんの一言で「なるほど」と唸ることもあるそうです。
睦さん:
「博多の伝統工芸品である博多曲物なんですが、割れやキズのある大きめのものを扱っていたら、あるとき、『わたし、この中にクッションを詰めて猫のベッドにします』っておっしゃったお客様がいて、そんな発想が新鮮でした。私たちのフィルターがかかっているセレクト素材を見て、ここに訪れた方々も日常の中で廃材を生かす何かを見つけてくれたらいいなと思います」
ゴールは「廃材が廃材でなくなる日」
現在では、約30の取引先の廃材を扱う「MATERIAL MARKET」。7年間の取り組みの甲斐あって、企業からの問い合わせや廃材を引き取ってほしいなどのラブコールも増えてきているそう。
哲也さん:
「廃材を使ってプロダクトをつくりたい、ワークショップに使いたい、内装の材料にしたいなどの声も増えています。ただ、プロダクトに利用しようとすると逆にコストが高くついてしまったり、希望数が大量すぎて私たちが対応できなかったり、コストや量的な問題が課題です」
捨てられる前になんとかしたい。それゆえ、大事にしたいのは“タイミング”。仕入れ量に限りがあるがゆえに、ものが出るタイミングで、“ほしい人にその場でつなげる”ことが重要になってきます。そのためには、ネットワークを広げ、タイミングとマッチングをうまく調整する手段が必要と語ります。
睦さん:
「私たちのテーマは『廃材が廃材でなくなる日』なんです。それに近づくよう、行き交っている情報をつなげられるようなプラットフォームをつくれたら。もし同じように思いのある企業さんがいれば、協働できたらとも思っています」
そうした課題に頭を悩ませつつも、これからの活動について話は弾みます。それは“九州と他のエリアから出る廃材のトレード”。
睦さん:
「木材一つにしても、九州で仕入れるものと北海道や東北エリアのものとでは、木の種類や材質が異なるでしょう?自治体によって、ものづくりの特徴から素材に特色が出るので、それをトレードして、九州で目にすることが少ないものを紹介できたらいいなと思うんです」
目を輝かせながら語るご夫妻の言葉に、そう遠くない未来、夢が実現しそうな力強さを感じました。
視点を変えると、捨てられるはずだったものが、誰かにとって価値のあるもの、幸せを感じられる何かに生まれ変わる。
純粋に“素材って面白い”と感じるセンス・オブ・ワンダーな発見や楽しさ、廃材からものづくりやその土地を知る、再認識するきっかけになることにも気付かされました。
こうしたユニークな取り組みが各地に増えていけば、日本のものづくりやデザインの世界に、ますます面白い景色が広がっていきそうです。
文・写真:前田亜礼