ローカルニッポン

システム屋から養蜂家へ 一歩踏み出した先で天職と出会う / 桑原周之さん

今やネットで世界中が繋がる時代となり、SOHOでのフリーの在宅ワークや企業がサテライトオフィスを地方に開設するなど、場所を選ばない仕事が各地に広がりつつあります。今回ご紹介するのは、システム開発者として南房総へ移住して、都内の仕事を南房総でこなすうちに、あることがきっかけで養蜂家へ転職したという桑原周之さんのお話です。

食べ物への関心

南房総へ移住して今年で15年目となる桑原さん。現在家族3人で、鴨川市江見の里山にて養蜂業を営みつつ、野菜を育て半自給自足のような生活を和やかに送っています。以前はパソコンのアプリケーションを開発するシステム関係の仕事をしていたということで、前職から一転、なぜ移住してこの暮らしに落ち着いたのか気になるところです。

“27歳の時に、父がガンで亡くなる前に食べ物と健康についてよく考え、どうやったら父が治るのか真剣に調べていました。これを機に安心安全な食材を求めるようになって、ついには自分で作りたいと思うようになったことが移住を考えるようになったはじまりです。”

桑原周之さんと娘さん

食生活と健康に密接な関係があることは誰もが体験することですが、ガンをはじめとして未だ解明されていない病が多いことも事実。この父親の病気によって食べ物を中心に健康への強い関心を抱くようになった桑原さんは、自分で食べ物を作る場を求めて宮崎県や四国にて土地を探すようになりました。

“九州方面への移住がある程度決まった頃、移住する前に農作業体験がしたいと思って、雑誌に掲載されていた鴨川自然王国という場所を訪れます。灯台下暗し、東京近郊にもこんなに素晴らしい場所があったことに気付き、鴨川へ移住することを決めました。移住してから田のオーナー制に参加すると、一気に輪が広がりましたね。”

サーフィンができることも鴨川を選んだ
理由の一つ

移住後の予想外な展開

2001年に移住してからは、東京の会社でやっていたIT関係の仕事を継続しつつ、米・野菜の栽培、天然酵母のパンや蕎麦打ち、とできることは片っ端から挑戦していた桑原さんでしたが、予想外の展開に遭遇します。元の会社で担当していた仕事を引き継ぐ人が見つからず、逆に仕事が増えてしまったのです。当時高速のネット回線も珍しく、しかもここは鴨川の山奥。それにも関らず会社の手配で自宅に専用回線が繋げられるなど、あれよあれよという間に最先端のリモートオフィスができあがりました。

“当初以前勤めていた会社からの依頼仕事は段々減っていくと思っていました。それでいざ始まってみると仕事が増え、他に手が回らないほど多忙な毎日となりました。嬉しい悲鳴といいますか(笑)。ちょうどどんな食べ物の生産者になるか決めかねていた時期でもあり、仕事に追われながら、暗中模索していたことを思い出します。”

養蜂との出会い


里山に移り住んで、システムの仕事を請け負う生活が2年3年と過ぎていったある日、桑原さんに転機が訪れます。

“パソコンでの仕事に疲れて、庭先にふらっと出たんです。黄花コスモスが咲き乱れていて、これをぼんやり眺めていました。するとプ~ンとミツバチがやってきて、花弁を揺らしながら楽しそうに蜜を集めています。この時、突然「蜂蜜」だ!というが思いが湧き起こったんです。”

デスクワークとはいえ、外は大自然の山の中。この生命の息吹き、そして豊かさを象徴するかのように、ミツバチが桑原さんの目の前で花々を渡り飛びゆきます。一つにはこの癒しの中でシステム開発の仕事を続けることもできたでしょう。しかし、食べ物作りに関心があった桑原さんの悩みを吹き飛ばすように、ミツバチが現れました。桑原さんはこれを天のお告げと感じたそうです。

蜂人舎のハチミツ

思い立ったら吉日とはいいますが、後先考えずにひとまず挑戦してみるところも桑原さん流の移住スタイル。すぐに10冊ほど養蜂業の本を買い込んで、読み耽り、ハチの生態についてのめり込むように調べること半年後、なんと本当に養蜂業をスタートさせてしまうのです。これをもってIT関係の仕事を一切辞めてしまったというのですから驚きですよね。

鴨川の里山に置かれた養蜂箱の数々

ここで、桑原さんが2005年から営む蜂人舎のハチミツについて少しご紹介したいと思います。

ポイントは3つ。

①自然のサイクルの中で、ミツバチを飼育
②病気を予防する抗生物質を使用しないこと
③加熱処理をしないこと

“一番はミツバチにストレスを与えないことですね。固定した場所で自然のサイクルに従ってミツバチが住みやすい環境を整え、愛情を持って育てると、病気が出にくくなることがわかりました。そのため抗生物質も使っていないのです。”

ミツバチは、花から蜜を吸って、これを一旦身体に取りこんでから、巣箱で蜜を出すそうです。身体の中を通過する以上、ミツバチの健康状態が蜂蜜に影響する、という広い視点から、「ミツバチが元気にのんびり過ごす環境作り」が蜂人舎ハチミツ生産の根幹をなしています。

“また、花粉を除去して蜂蜜が結晶しにくくするために加熱する方法があるのですが、加熱すると蜂蜜のビタミンや、ミネラル、酵素といった人間に有用な栄養素が崩れてしまうんです。酵素だと大体48℃で変質してしまいます。貴重な栄養素を壊したくないので、非加熱で作っています。”

加熱処理や抗生物質も、大量生産しようとすると必要になってくる技術といえますが、これまで試行錯誤を重ねた上で、自然のサイクルで蜂蜜を丁寧に生産する今の方法に落ち着いたようです。量に限りもありますが、ミツバチの健康とハチミツの栄養に配慮した「里山はちみつ」を一度味わってみてはいかがでしょうか。

一昨年から海士も

養蜂業を初めて丸10年という桑原さん。実は一昨年、海に潜ってアワビやサザエを獲る「海士」の免許も取得したそうです。もちろん本業は養蜂なので、自宅で食べたり、または近所のお裾分けに対する御礼のほどの量だそうですが、漁業権の取得は、一般の移住者からすれば驚きの行動力。新鮮な海の幸は美味しそうですね。

江見海岸で獲れたアワビ

そんな桑原さんがお話する姿は、決して投げやりではない「なんとかなる」という穏やかな安心感に包まれていました。様々なリスクを考えて動き出すことはもちろん大事なことですが、後先考えずに動き出して未知に遭遇する可能性もまた、「移住」という選択肢の魅力なのかもしれません。

文:東 洋平

Photo by Kaneyuki Kuwahara