ローカルニッポン

変わりゆく銀座で、約100年続く「Hair Salon Sasaki」

銀座は中央区の中心とも言える街。商業、文化の中心地として重要な役割を果たしてきた銀座の歴史は実に400年以上にもなります。多くの方は、銀座には高級ブランド店が建ち並び、ハードルが高いと感じるかもしれません。実際に、銀座の中央通りには様々なブランドの本店、旗艦店が建ち並び、最先端のトレンドを展開し続けています。また、文化の街としても歴史があり、大通りから一本裏道に入れば古き良き伝統を感じる街並みが今でも残っています。

そんな多様な顔を持ち変貌が著しい銀座で、約100年続く理容室「Hair Salon Sasaki」。銀座駅から歩いて5分ほどのビルの並びにある、おばあちゃんとお孫さんが営むどこか懐かしい、下町を感じさせる理容室です。そんなHair Salon Sasakiの魅力や銀座での暮らしを紹介します。

約60年前の銀座

20代の頃、銀座にお嫁に来たHair Salon Sasakiの店主、 佐々木あや子さん(以下、あや子さん)。やってきたそこは、想像とは違ったそうです。

あや子さん:
「銀座は華やかで普通の庶民が来るところではなかったんですよ。銀座に行くとなると正装をしていくところだったんです。けど、実際来てみて通りから路地に入るとこんな下町になってるんだ、こんなにいいところなんだと20代の頃に思いました。こんな華やかな銀座でも昔からのつながりがあって、下町の暮らしがあるんだなとその時に初めて思いましたね」

人情味が溢れるところであったり、商店街があったりと昔ながらの街並みが残っている地域を下町ということが多いですが、昭和30年頃の銀座にも昔ながらの“下町”を感じさせる場所があり、あや子さんの家の付近にも商いを営む7軒ほどの同じような建物が並んでいたそうです。

大正時代と令和のお店の様子

あや子さん:
「向かい側にはお豆腐屋さんがあったんですよ。夜中の2時くらいから起きてお父さんとお母さんが作っていて、美味しいお豆腐屋さんで、そこのおからがすごく美味しかったんです。私はその一番のおからを貰いに行ってよく食べていました。どこ行って食べてもそこのお豆腐屋さんのおからが忘れられない、美味しいお豆腐屋さんだった。もうこういうお豆腐屋さんのおからは食べられないなって思いますね」

日本文化の特徴的な風習の一つであるご近所付き合い。地方ではまだ見受けられますが、都心に近づくにつれご近所付き合いは希薄になっています。あや子さんのエピソードからも昔の銀座には下町のような暮らしがあったことがわかります。今では家族経営のお店が減ってしまい、昔のようなご近所付き合いがなくなり、少し寂しさを感じるとあや子さんは言います。
現在のHair Salon Sasakiと銀座の風景について、お話を伺っていきましょう。

約100年続く「Hair Salon Sasaki」

孫の佐々木岳史さんの幼少期

あや子さんの孫にあたる佐々木岳史さん(以下、岳史さん)。子供の頃、学校から家に帰ってくると祖父母が楽しそうに仕事をする姿を見て、子供心に理容師に憧れていたそうです。その後、理容専門学校に通っていた頃に、岳史さんの叔父が交通事故で亡くなったことをきっかけに、祖母の理容室を受け継ぐことを決心します。

現在はあや子さんと岳史さん、そして岳史さんの奥さまである由紀さんの3人でHair Salon Sasakiを営んでいます。1階はHair Salon Sasakiで、2階にはあや子さんの娘さん夫婦が住み、3階にはあや子さん、4階には岳史さんのご家族と、合わせて4世代で住んでいます。

店内に2席ある椅子には、こだわりポイントがあります。一般的に理容室では、カットとシャンプーの場所が違うため移動しなければならないのですが、Hair Salon Sasakiでは椅子が回転し、お客様を移動させることなくシャンプーをすることができます。またシャンプー台の首の部分にはクッションがあり、長時間寝ていても疲れない工夫がされています。お客様の中には、蒸しタオルをしてマッサージをすると、思わず寝てしまう方もいるそうです。

Hair Salon Sasakiの一日の流れは、干してあったタオルをあや子さんが蒸し、予約のカルテを確認し開店。日中はお客さんを迎え、カットをしながら、お客様の予約状況を見て空いている時間に昼食を取ります。閉店後は掃除をし、岳史さんがタオルを干すルーティン。家族経営のため融通が利くので、お客さんの予約次第で休憩の時間が変わってくるそうです。

手入れの行き届いたはさみと理容室特有の髭剃り用具。泡はとてもきめ細かい。

人情味溢れる接客

現在の銀座には気軽に雑談をしに入れるお店は少なく、どこか寂しさを感じますが、Hair Salon Sasakiの魅力はそういった交流ができるところ。

岳史さん:
「お客さんが雨の日に全身びしょびしょで来て、私がカットしている間におばあちゃんがドライヤーで上着を乾かすとか、ありそうでない下町感があるんですよね、大したことじゃないけど」

あや子さん:
「今でも秋田から来てくれるお客さんから電話があって、『またこの日に行くね』と言われると家族が来てくれるような感じになって、何かお土産でも持たせてあげようかと思うんですよね。髪を切ってお客様を帰すだけの気持ちではなくて損得なしの関係でお客様に接しています」

あるお客さんは、近くにマフラーを繕ってくれるお店はないかと訪ねてきたそうですが、近くになかったため、お裁縫が得意なあや子さんが快く引き受けマフラーを縫って直してあげたそうです。それをきっかけに、そのお客さんは今でも理容室に通い続けてくれています。そのようなお客さんが何年経っても通い続けてくれることを励みにここまで頑張ってこられた、とあや子さんは言います。

あや子さんと岳史さんと奥さま。現在は主に3人で切り盛りしている。

89歳になっても変わらず学ぶ姿勢を忘れずに仕事をする

あや子さんは今も変わらず若く生き生きと働かれています。

あや子さん:
「自分は旧式だけど、孫のお客さんとのやりとりを見て、こういうふうにしたほうがいいなと私も見ながら学ぶようにしています。お互い口には出さないけど意識して仕事をしています」

あや子さんと岳史さんはお互いに高め合いながら約17年、一緒に仕事をしてきました。
おばあちゃんのお客さんと、お孫さんのお客さんが交じり合う理容室で、お互いのモチベーションを高め合いながら仕事をする姿は、とてもキラキラしていました。

かつてのあや子さんと岳史さん

今後のHair Salon Sasaki

新しく生まれ変わる銀座を好きな人もいれば、昔ながらの変わらない銀座を好きな人もいます。昔ながらの銀座を愛してくれるお客様に「ここは、変わらないね」と思ってもらえるお店であり続けたいと岳史さんは言います。

多くの人は銀座の表通りに目を向けがちですが、実は銀座の華やかさの中にも昔から変わらない場所があります。そして、このような変わらない場所で小さなつながりが広がっていき、それを継承したいという思いが、さらに銀座の未来につながっていくのだと思います。

岳史さん:
「こだわっているというよりは当たり前のことをずっと続けている感じが強いです。今まで来てくれたお客さんを丁寧にきれいにしてお帰しする、本当にシンプルなことをただずっと続けています」

何か特別なことをするのではなく、当たり前のことを当たり前に続けることがお客様との信頼を築き、今のHair Salon Sasakiがあるのではないかと思いました。

千葉から週に一度来る移動販売車

あや子さんと伊藤さんは若い頃からの付き合いで、自然と笑顔になる

Hair Salon Sasakiの暮らしの一コマを紹介します。
店の目の前にトラックが止まり、あや子さんが陳列されている商品から野菜やお肉などを買いながら、お兄ちゃんと呼んで楽しそうに話しているのは伊藤治郎さん。千葉から2時間ほどかけて、銀座に移動販売に来ています。他にも深川など、下町で野菜、お米などを販売しているそうです。

かつては電車でお米や野菜を売りに来ていた親の代から受け継ぎ、約40年もの間、移動販売を続ける伊藤さんは、自身や知り合いの作った野菜を販売してきました。しかし、お客さんには高齢者が多く「せんべいとか駄菓子ないの?」という声もあり、今では果物、せんべい、駄菓子なども販売しています。現在の銀座からは移動販売のイメージはなかなか想像できませんが、10年ほど前まではその数は多く、いろいろなところで見かけることができました。しかし、当時からは半分ほどにお客さんが減ってしまい、伊藤さんの販売自体も減少してしまっていると言います。

そんな中でも、変わらず通い続けてくれているお客さんのうちの一人が佐々木さんです。ご自身の作った野菜を美味しいと待ってくれているお客さんがいる。そんな人と人とのつながりがあるからこそ、伊藤さんは今も変わらず銀座に移動販売をしに来ています。

日本の商業の中心地である銀座にも小さなつながりから生まれる心のつながりがあり、昔から変わらずあり続けるお店があることを発見することができました。そして、それらはこれからも変わりゆく銀座の中でも引き継がれていくことを願っています。

文:窪田萌衣
写真:大塚雄一郎

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