幸福度の高い国として知られるフィンランドやノルウェーといった北欧の国々。キャンドルの需要でも上位を占めることをご存知ですか?人類にとって、なくてはならない存在の、“火”。日常の中でキャンドルを灯したときの炎の揺らぎ、焚き火で暖をとるひとときなどに、“多幸感”を感じたことがあるのではないでしょうか。
優しい火は、心を豊かにしてくれる。
その想いのもと、アップサイクルによるオリジナルキャンドルづくりとそこから派生するローカルな取り組みを行っているのが、福岡市中央区にアトリエ・ショップを開き、太宰府にほど近い筑紫野市二日市でカフェを展開する『KOSelig JAPAN(コーシェリ ジャパン)』です。
代表の織井敬太郎さんは東京出身。転勤で越してきた福岡で、キャンドルアーティストとして活動する妻のすみれさんとキャンドル事業を立ち上げました。それまで大手の広告代理店、IT企業のスタートアップ事業を立ち上げるなど、ハードワークをこなしていたといいます。
織井さん:
「父が経営者でその背中を見てきたこともあって、自分でゼロから物事を創り出したいという想いがありました。一方で前職では人々の心の問題に直面する仕事を担った経験にやるせなさを感じたんです。その後もスタートアップで事業を起こして、最終的に従業員を120人に増やすところまで会社を大きくしてきたんですが、人事的な面でいろんな人と向き合っていく中で、何か人の心の問題を解決するようなケアができないかといった問題意識が湧いたんです」
そんな時、すみれさんからプレゼントされたキャンドルに癒され、心が明るくなったという織井さん。同時にキャンドルの炎や香りに“ケアする力”を感じた瞬間でした。そうした経験のもと、オリジナルキャンドルをブランディングしていったのです。 ブランド名の“コーシェリ”とは、デンマーク語のヒュッゲと同じように“心がほっとする楽しさ、心地よさ”の意味を持ち、心の豊かさを表現するノルウェー語。
織井さん:
「ノルウェーで暮らす妹に会いに行った妻が出会ったのが、火のある暮らしでした。どの家にも必ずキャンドルが置かれていて、その体験によって彼女自身が豊かさを感じたところから、キャンドルづくりをスタートしました。私自身もそのことに共感し価値を抱いたんです」
視点はサスティナビリティ
キャンドルを構成する主な要素は、容器、ロウ、香り、芯、の4点。どんなキャンドルをかたちにしたいか、素材選びの決め手は“サスティナブルな視点”でした。
織井さん:
「心の豊かさをテーマに置くと、今この一瞬だけでなく、半永久的に続いていくということが本当の価値だと思ったんです。1日のうち数分でも、キャンドルを灯して過ごす時間が持てれば、きっと心が休まって満たされるはず。その平穏な時の流れが持続することで本質的な幸せを実感できるんじゃないかと。私たちが目指す世界に欠かすことができない“サスティナビリティ”という要素をコンセプトに、原料も一から見直して一つずつ選んでいきました」
アップサイクルボトルとの出合い
では、KOSelig JAPANのキャンドルを構成する4要素について見ていきましょう。
〈容器〉
最初のうち、容器は海外から仕入れたグラスを使っていたそうですが、廃材を利用したガラスの容器で花器などをつくる「upcycle.art.and.craft」の藤田豊久さんとの出会いを経て、変化していったといいます。
織井さん:
「藤田さんとのコラボで、初めはワインボトルをカットして、底の部分を利用していたんですが、底の窪んだ形に問題があったんです。キャンドルは底が平らでないと芯がしっかり立たなかったり、ロウが無駄になってしまったりするんですね。それで、今は日本酒の瓶を使っています。空瓶はSNSなどを利用して地域の方々に呼びかけて集めています。廃棄瓶の回収をアトリエ・ショップと二日市のカフェと2ヵ所で行っているんですよ」
蓋も廃棄されるワインコルクを圧縮し直して使用しています。いずれは、大量に出るワインボトルも再検討し、商品開発を考えていきたいと話します。
〈ロウ〉
コーシェリで使用するロウは、天然素材100パーセント、大豆由来のソイワックスです。
織井さん:
「一般的によく使用されているのは石油由来のパラフィンワックス。香りがより際立つんですね。ですが、私たちは健康や地球のことを考えて、大豆由来の天然素材であるソイワックスを使っています」
〈香り〉
現在、メインで使用しているのは、キャンドル専用の香料。ハーブ系、バニラ、フルーツ系など20種類が揃います。
織井さん:
「人体に安全なものを選んでいますが、100%天然ではないためサスティナブルな視点で課題として取り組んでいるところです。具体的には、私たちのもう一つの活動拠点、カフェからほど近い“太宰府の梅”を使ったオリジナルの香りを考えています。というのも、梅の成分にはベンジルというリラクゼーション効果のある成分が含まれているんです。日本酒で梅酒を仕上げた後に、廃棄梅が大量に出るという現状を聞いて、私たちが太宰府で活動している意味と日本酒会社さんとのつながりが重なって、実現させたいと思いました。現在、酒造会社さんと太宰府市さんなどと協力しながらプロジェクトをスタートしています」
〈芯〉
芯は2種類あり、どちらも自然素材のコットン芯とウッド芯を使用。
織井さん:
「ウッド芯の場合、火を点けるとパチパチと音がするんです。香り、揺らぎ、音の3つが調和して、リラックスできるので、リラクゼーションの効果が大きくなるんです。皆さん、好みの香りは何となくありますから、そこに音が加わって選ぶ楽しみを感じてもらえると嬉しいです」
よりサスティナブル、よりローカルに
ショップとカフェ、織井さんがどちらの拠点でも大事にしているのは、“キャンドルの体験価値”と“地域との関わり”。訪れる人からは両店ともに、「お店に入った途端癒された」「接客もすごく温かくて嬉しかった」というような声が多く聞かれます。
織井さん:
「お客様と会話する中で実感するのは、香りを入口に癒しを求めている方が多いことです。例えばお風呂に入りながら最後の10分間、電気を消してキャンドルを灯してリラックスしてみる、好きな音楽を聴きながらお酒飲んでキャンドルを灯す、友人同士や大切な方と一緒に語る場のムードをつくるなど、リラクゼーションのひとときに浸れるシーンを提案すると、イメージが湧きやすく共感してもらえるようです」
実は、購入者の3割は男性。仕事中やリモートワークの先で集中したいときなどに利用したり、ギフトにする方も。カフェでも気軽にキャンドル体験できるサービスを行っています。
織井さん:
「まずは試してみたいサンブルを20種類の香りの中から選んでいただいて、お席までお持ちしています。時間がかかっても、キャンドル文化を日本に広げていきたいという想いのもと、体験してもらうことを大事にしています」
さらにコーシェリでは、使い終わった容器のリサイクルを提案しています。その名も「OKAWARI」。使い終わった後に、中身のキャンドルを替えるだけでムダな廃棄をなくせるエコでリーズナブルなサービスです。
購入する以外にも癒しを求める人の中には、新しいことを試したり趣味を探している人も少なくありません。使ってみて興味を持った人向けに、キャンドルづくりの体験レッスンや全8回コースでのワークショップを開催しています。サスティナブルであることと、キャンドル文化を広めていく想いが一貫しているからこそ、こうしたアプローチが循環しているのを感じます。
継続的な交流から見えてきたもの
福岡に越してきて、4年余り。これまで福岡には縁がなかったという織井さんですが、店舗を出したことで継続的に人や地域とつながり、交流が生まれ、今ではこの地に愛着を感じるといいます。
店舗の立ち上げ段階から自然とはじまった地域とのつながり。空き家だった築50年の建物をアップサイクルして、ショップを完成させたのです。その過程では、SNSでの呼びかけで100人近くの地域の人々がボランティアで手伝いに来てくれたといいます。
その流れで、現在も行っている廃棄瓶の収集もスムーズに。サスティナブルな取り組みは一歩一歩、着実に進んできました。
カフェの運営に携わっているのもまた、地域とのつながりから。
織井さん:
「今年で3年目、太宰府天満宮さんと共同で竈門神社(かまどじんじゃ)でのキャンドルイベントを行っているんです。2日間3000個のキャンドルを灯すライトアップイベントで、約3500人が来場しました。太宰府市のさまざまな企業が協賛する中で、二日市駅前にガスのショールームのある複合施設を造った企業さんがいらして、“火の価値を伝えていきたい”という想いを伝えてくださいました。それは私たちのブランドともマッチして、一緒にやりませんかとお声がけいただいて生まれたのがこのカフェなんです」
人と人の距離感、コミュニティのあり方などが身近で親しみやすい福岡の地。ここで育んできたつながりを絶やさず、地域を盛り上げ、キャンドル文化を広げていきたい。しなやかなビジョンは国内にとどまらず、海外出店も視野に。欧米の展示会へ出品するなど、太宰府という歴史ある町で生む和をモチーフにしたプロダクトキャンドルをアクティブに展開しています。
妥協しない良質な素材とご夫妻の豊かな心でかたちになったサスティナブルアイテムは、環境にも、使う人にとってもストレスフリー。バスタイムや仕事をする傍ら、灯してみると、やわらかな香りとともにウッド芯のはぜる音、温かな炎の揺らぎに五感が研ぎ澄まされ、心がスルスルとほどけていくようでした。
次のOKAWARIはどんな香りにしようかな。
文・写真:前田亜礼
写真:KOSelig JAPAN