ローカルニッポン

『ゆす農園』の今と岡山発・有機無農薬農業の可能性

岡山県の一級河川・旭川沿いに位置する御津地区。豊かな土壌と水源に恵まれたのどかなこの地区に『ゆす農園』のほ場(圃場/ほじょう)があります。
農園主の常長隆さんは、2023年で就農3年目。2年間の研修を経て2021年4月に独立し、岡山県独自のブランド農産物『おかやま有機無農薬農産物』を生産するほ場の認証を受けました。

『おかやま有機無農薬農産物』について

岡山県では全国に先駆けて、1988年から有機無農薬農業の推進に取り組んでいます。『おかやま有機無農薬農産物』の認証を受けるには農林水産省が定めた『有機JAS規格』を満たしたうえで「土づくりを基本に、化学肥料・農薬(天敵を除く)を一切使わない」という条件をクリアしなければなりません。農薬(天敵を除く)や化学肥料を使わず、2年以上に及ぶ土づくりが必要です。

また、認証を受けた後も岡山県農業開発研究所の審査を受けることが義務づけられています。こちらでは、県下農業団体や岡山県などを構成会員とする第三セクター方式の指導的研究機関で「地域食品開発」「地域農業開発」「有機認証」を行っています。現在『おかやま有機無農薬農産物』の生産者は80を超えます。

有機無農薬で野菜を栽培する常長さんのほ場

「食」から「農」へ。就農のきっかけ

以前こちらで紹介した『おかやま有機無農薬農産物』認証農家の『おかやまオーガニック』(「有機無農薬農業24年、『おかやまオーガニック』の今とこれから」)を経営する川越さん夫妻のもとで、2年間の研修を受けた常長さん。少量多品目栽培で年間約20~30品目の野菜を栽培しています。

就農のきっかけは、当時の勤務先で多くの生産者と交流したことからだったそうです。交流を重ねるうち「生産者になりたいという思いが増していった」と、常長さんは振り返ります。就農に至るまでにどのような出来事や気持ちの変化があったのでしょうか。

常長さん:
「もともと食べることが好きで、関西で食品販売会社や飲食店に勤務していました。そこで取引先の農家さんが行っていた農業体験のお手伝いや交流をするなかで“生産する側”へと気持ちがシフトしていき『就農したい』という漠然とした憧れが、具体的になっていきましたね。

振り返れば、原点は私の母だったと思います。料理が好きで、おやつから“ハレの日”のごちそうまで全部手作りしてくれていたんです。その影響で外食が趣味になり、こだわりのある店を探しては行っていました。

趣味を通じて知り合った妻も料理が好きで、夫婦で食を楽しむようになったことで食の魅力を探究するようになり、仕事も食に関連した企業に転職しました。勤務先では、農業とコラボレーションしたマルシェや映画祭、新入社員研修の企画運営を経験し、多彩なアプローチのしかたを学びました。

しかし、当時はお客様から企画に対して『良かった』という声をいただくたびに強い違和感がありました。自分が生産していないのに褒められることに対する違和感でした。このモヤモヤは『自分でも作物を生産したい』という思いだと友人に言われて気づき、それをきっかけに、生産者になりたいという思いが強くなっていきました」

食の魅力の探求から農業そのものへ。さまざまな経験や出会いが、就農への道しるべになっていたのかもしれません。

岡山県で就農した理由

就農の地に岡山県を選んだ理由は、父方の実家が御津地区にあったことからだそうです。実家と耕作放棄地があったこと、そして『おかやまオーガニック』を中心とした有機農家のコミュニティがあったことも、決め手となりました。

常長さん:
「関西から移住してきて、農林水産省の資金交付を受けながら、2年間に2軒の有機農家で研修しました。1年目はわからないことが多かったので、2年目からは岡山県の『社会人就農研修』を受講し、講義と実習で農業の基本を学びました。地域の方や多くのサポートがあるのはありがたいことです」

害虫は基本的に手作業で地道に駆除する

独立に向けて準備したなかでネックだったのは「思った以上にコストが掛かること」と常長さん。トラクターなどの農業機械のほかにも、ビニールハウスは必須です。あらためて独立までに苦労した点を伺ってみました。

常長さん:
「研修でコストを抑えた経営術も学びましたが、やはりコストは掛かります。それから、数十年何も育てていない休耕田の土壌改良には、未だに苦戦しています。

独立してからも大変ですが、お客様に喜ばれたときの喜びは格別です。最近では、作ってほしい野菜のリクエストもいただくようになりました。リピーターがついてきているのは励みになりますね。自分の強みや弱みを見極めつつ、質の良い野菜を栽培していきたいです」

動物性の堆肥を使わず栽培している

今後の展望をお聞きしました。

常長さん:
「野菜を食べた方のダイレクトな声をもっと聞きたいので、畑をベースにしたさまざまなイベントを手掛けてみたいです。直売所やキッチンカーで野菜を提供したり、課外授業や社内研修として農業体験をしたり。地域が元気になるような事業も始めたいと思案中です」

常長さんのような柔軟な発想を持った農業従事者が地域と結びつくことで、農業と地域とのコラボレーションが生まれそうです。

最後に、これから農業を志す方へのメッセージと有機農業のありかたについて、常長さんの意見をお聞きしました。

常長さん:
「日本の有機農業は、欧米諸国はもちろん中国に比べても普及が遅れています。そんななか、私たちのような新規就農者の約4分の1が有機農業に取り組んでいます。

移住して有機農業を始める人が多い一方で、定着できずに離農して再び都市に戻る人もいます。生産が安定しにくいこと、販路の確保が難しいことなどの問題もありますが、有機農業の魅力に気づく人が増えることで、高齢化問題や後継者不足も解消していける状態をめざせたらと考えています。

農業は専業や兼業、半農半Xなど多様なスタイルを選べるメリットがあります。私もまだまだ収入は安定していませんが、やればやっただけ結果も出ます。農業も事業なので経営者の視点も必要になりますが、やる気があればできる仕事だと思います」

体験研修で農業にふれる

過日、『ゆす農園』では常長さんのご厚意で、無印良品 イオンモール岡山主催の農業体験が行われました。

この日はトマト、トウガラシ数種、カボチャの種まき。用途やニーズによって同じ野菜でも特性の異なる品種をいくつも育てます。

トウガラシはあらかじめ発芽させた種を植え付けます。水分を含ませたキッチンペーパーで種を包み、約1週間保温をして発芽させます。常長さんによると、自分の体温であたためて発芽させる“体温発芽法”を用いることもあるそうです。

冬期は30度に保たれたビニールハウス内で苗を育てる

種は、苗床や育苗ポットに1粒ずつ丁寧にまかれます。発芽している種をピンセットでやさしく土の上に置いていき、そっと土をかぶせて水をやります。手間が掛かりますが、野菜への愛着も湧いてきます。

作業をしていると、就農前の常長さんが感じていた農業へのワクワクを追体験している気もしました。純粋に作業を楽しみ、農業への知識を深め、体験する大切さを考えた一日でした。

このような作業が原体験となり、農業に携わるきっかけになるかもしれない

『おかやま有機無農薬農産物』の可能性

ここ岡山県では、早期から有機無農薬農業に取り組み、安全で生態系にやさしい農産物が多くの農園主によって生産されています。

そんななかで常長さんのように、食や体験のアイデアを持つ生産者の活動が地域活性につながるかもしれません。また、この仕組みが全国に浸透すれば、食料自給率のアップにも貢献するようになるのではと期待はふくらみます。

リピーターも増えてきたという『ゆす農園』の有機無農薬野菜

写真:無印良品 イオンモール岡山、野鶴美和
取材協力:一般社団法人岡山県農業開発研究所、岡山県農林水産部農産課 

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ゆす農園Instagram