歴史と文化の香りが漂う島根県津和野町。この町からは、西周(にしあまね)・森鴎外(もりおうがい)といった偉大な思想家が輩出されました。
この二人は、津和野藩の藩校・養老館(ようろうかん)で学んでいました。100年以上前から、津和野町は教育を通した人づくりの町でした。あらゆる産業を支えていく人材を町をあげて養成する藩校の伝統が、今でも津和野町には息づいています。
津和野町の人材育成を支える、津和野高校
藩校・養老館の伝統は、時代の移り変わりと共に形を変えてきました。地域の女子教育を担った高等女学校や旧制中学と様々に姿を改めながら、教育の伝統を脈々と受け継いでいます。現在、藩校・養老館の命脈を受け継いで地域の人づくりを担っているのが「島根県立津和野高校」です。この地域のあらゆる産業を発展させていくためにも、津和野高校の存在は欠かせないものになっています。
そんな津和野高校ですが、少子高齢化で人口が減っていくにつれ、一度は廃校の危機に陥りました。このような状況を津和野町は黙って見ていたわけではありません。地域に根付いた教育の伝統を無くさないため、全国でも珍しい「高校魅力化コーディネーター」を2013年度から配置し、高校生の確保に努めました。
現在、津和野高校には、中村純二(34)、松原真倫(29)という2名のコーディネーターが配置されています。中村は東京都の中学校教諭、マダガスカルでの教員養成スタッフを経て、2013年3月に津和野高校に入りました。松原は、東京で大学院に通いながら大学講師をしていましたが、2014年3月に津和野高校に入りました。コーディネーターは高校に常駐し、高校の先生方と協力しながら、学校広報や、キャリア教育および地域連携の企画立案を担当しています。二人の活躍もあり、一時は50名(定員:80名)まで落ち込んでいた入学者数も、70人前後(2014年度・2015年度)にまで回復し、地域の伝統校の意地を見せています。
こうした高校魅力化プロジェクトの中でも異彩を放つ仕事が、「公営塾の運営」です。
教育のイノベーター「HAN-KOH」
地域の教育を支えていくため、過疎地域では様々な取り組みをしてます。いま、全国的に流行の兆しを見せているのが、「公営塾の設営」です。都会のような塾の無い地域の子供たちのために、埼玉県・広島県・島根県といった地域では、自治体がお金を出して無料の塾を開設し始めています。
その中でも最先端を行くのが、津和野町の公営塾「町営英語塾 HAN-KOH(はんこう)」です。英語学習やICTの活用など時代の先端教育を行いながらも、藩校・養老館が持っていた教育の伝統を受け継いでいます。
HAN-KOHは20代のスタッフが中心となって運営しており、その全員が都市圏の大学出身です。彼らは「都会で学び、都会でエリートになる」というキャリア選択ではなく、「都会で学び、地方に活かす」という新しい働き方を選んだ若者たちです。彼らの眼差しには、「大学での学びを現場で活かす」という実学の精神と、「地域を変えるエリートとなる」という藩校の精神が共に宿ってます。HAN-KOHでは生徒の学習状況や塾内での勉強の様子を常に観察しながら、授業づくりや学習環境づくりにおいてオリジナリティ溢れるアイデアを出し合い、チーム全員で塾を作っています。
全てが手作り 「津和野高校の生徒のため」の、特別な教育
HAN-KOHのカリキュラムは、都市圏の予備校では考えられないオリジナリティに溢れるものです。「英語でTsuwano」「映画で学ぶ英語」といった一風変わった英語の授業から、「時事ニュース講座」「ソーシャルサバイバル論」といったAO対策向けの授業まで、すべての講座内容がゼロから練り上げられています。
こうした授業は、全て津和野高校の生徒をじっくりと観察した結果から作られています。HAN-KOHは、津和野高校の生徒のために用意された特別な塾。町が作った公営塾ならではの「地域に根付いた教育」がここにあります。
オリジナルのカリキュラムに加えて、塾には自習席が100席以上も用意してあり、自習する生徒に対してはiPadを使用した動画での学習も勧めています。
一方、広いソファーとリラックスできる空間も用意されているのは、津和野高生にとってHAN-KOHが「放課後の居場所」にもなっているから。学校と家以外の居場所が少ない中山間地では、HAN-KOHのように「放課後を過ごせるサードプレイス」がとても貴重なものなのです。自習室には壁に向けられた一人専用席やファミレスのようなグループ学習席が設けられ、生徒一人一人が勉強だけでなく思い思いの時間を過ごせるようにも工夫を凝らしています。
HAN-KOHのもう一つ特徴は、イベントの多さです。夏には納涼祭、秋口にはセンター試験のための壮行会やハロウィンパーティー、学年が変わる冬には解散式、と四季を通じて多くのイベントを開催しています。
イベントをたくさん行うことで、学校の中のような萎縮した雰囲気ではなく、のびのびとした様子で生徒もスタッフも塾の時間を過ごすことができます。また、折々で気持ちを切り替えることは、大人だけでなく高校生にも必要な事。「勉強に疲れた時はしっかり楽しんで、また新しい気持ちで勉強に取り組んで欲しい」という生徒へのメッセージを込めて、スタッフ一同本気になってイベントを開催しています。
現段階において、お世辞にも津和野高校の学力は高いとは言えません。しかしながら、ここは津和野。多くの偉人たちが輩出されてきた土地です。この町の精神を受け継ぎながら、目の前の子供達としっかりと向き合い、現代に合った教育を行っていくことで、必ず「未来の津和野を担う人材」が育ってくると思っています。
文 : 町営英語塾HAN-KOH塾長 千葉 慶太郎