ローカルニッポン

使われなくなった土地に価値を生み出すこと「森林ノ牧場」

栃木県益子町は県の南東に位置します。ゆるやかな起状の芳賀富士をはじめとする豊かな自然、その風土を生かし、梨やいちごなどの栽培が盛んです。また、益子町といえば益子焼が有名ですが、益子焼の歴史は江戸時代末期まで遡ります。益子町内で焼き物の原料となる陶土が取れたことから、鉢・水がめ・土瓶など日用品の産地として発展してきました。益子焼はゴツゴツした厚みが特徴の陶器です。

毎年、春と秋には「益子陶器市」が開催され、伝統的な益子焼や日常使いできるコップや皿などが販売され、作り手の方々と直接話しができる場として人気です。春秋合わせて毎年約60万人と多くの観光客が益子町に足を運びます。このように豊かな自然や焼き物のイメージが色濃い益子町に2021年12月「森林ノ牧場 益子」は誕生しました。

益子町に牧場を作る

開拓前の荒れた土地、ここにも以前牧場がありました。

「森林ノ牧場 益子」(以下、森林ノ牧場)は小高い山の上にある8haの耕作放棄地だった場所にあります。耕作放棄地とは、元々耕作していた土地に1年以上農作物が栽培されず、これからも栽培する予定の無い土地のことで、全国的にも課題になっています。森林ノ牧場のある土地も以前は牧場だった場所ですが、使われなくなってからは雑草が繁茂し、イノシシの住処になって近隣の田畑を荒らしていたそうです。

森林ノ牧場は2009年から栃木県那須町で「森林ノ牧場 那須」を運営し、森林を活用した酪農を行うことで未利用資源を価値とする取り組みが評価され、商品開発や販売等活動が広がっていきました。実は、無印良品のカフェで提供されているソフトクリームも森林ノ牧場のミルクから作られており、口溶けの良い自然の風味が評判です。

一方で、商品の販売が広がるにつれ、ミルクの生産量が不足するようになりました。そこで、森林ノ牧場では生産拡大のために元々ある那須町の牧場を大きくするのではなく、別の場所に第二牧場を展開する方向に舵を切りました。

牧場があることで地域の未利用資源が価値になり、人や生き物が集まる場所作りを目指していることから、規模拡大ではなく小さい牧場を別の場所に作ることに決めました。益子町でのスタートを担う、森林ノ牧場責任者の菅原さんにお話を伺いました。

地域の方との関わり

いろいろな色のジャージー牛。牛の色には個体差があり、母親の影響を受けることが多い。

菅原さんは第二牧場の開設に向けて森林ノ牧場に入社。千葉県から移住してきて、現在では牧場長を務めています。もともと牧場があったこの場所ですが、草木が生い茂り荒れ放題の土地で何年もの間、誰も足を踏み入れることはありませんでした。牧場を作るのに必要な場所だけ草木を刈って、スタッフの手で時間をかけて開拓していきました。

「ここに牧場を作る」と決めてからは、まず始めに地域の方への説明を行ったそうです。においなどへの不安な声に対して、丁寧に説明することで地域の方の不安を少しずつ解消していきました。

森林ノ牧場では放牧で23頭の牛を育てています。牛が放牧されている場所は牛が草を食べるので雑草も無くなります。そして牛が食べる草の種類によって、作られる牛乳の味や色も少しずつ変わってくるのも放牧の面白いところです。

春は草のビタミン類等栄養価が高く、牛乳が黄色くなり香りの良い牛乳に。夏は牛も水分を多くとるので、さらっとしたごくごく飲める夏らしい牛乳に。秋は草の繊維分も多くなり、少しずつ牛乳に濃厚感が出てきます。冬はサイレージや乾草などの保存飼料を食べることで牛乳が白くなり、脂肪やたんぱく質が多い牛乳になるそうです。

そして、牛たちの糞尿も自然と虫の力を借りて土となり、またそこに草が育ち、牛たちの餌になる。そこに自然循環が生まれ、動物も人間も土地も豊かになります。
荒れ放題で手つかずだった場所にこうして新たな価値を生む。それを地域の方々に実際に見て実感してもらうことで、そこに関係性が生まれ、牧場を身近に感じてもらう。そういったきっかけ作りをいつも意識しているそうです。

ゆるやかな丘の上に立つこの場所は、景色も良く、地域の方々の散歩コースにぴったりです。牧場が始まってから、地元の方と話をすることで「牧場にカフェやお土産などを販売できる店舗を作り、地域雇用につなげて欲しい」 、広大な土地を生かし「キャンプ場を作って欲しい」など様々な要望を聞くことがありました。地元の声を聞きながら「少しずつできることをやろう」と菅原さんは心に決めているそうです。

生き物観察会ビオトープ

生き物観察会ワークショップの様子。遠方からお客様が集まります。

森林ノ牧場では月1回、地域向けのワークショップを開催しています。その一つとして、牧場の中に生態系の学びの場となるビオトープを作り、観察会を開いています。地元の方にいただいた田んぼの土をビオトープに入れたことで、今では稲が生えて水辺の昆虫が集まり、その昆虫を求めてカエルが集まる。またそれを求め、鳥が集まる。

このように、作ってから約1年で自然と生態系が生まれ、絶滅危惧種のサシバを見かける等観察できる場になっていきました。ここにビオトープを作らなければ、集まってこなかった生き物たち。牧場の中に水辺があることで、自然とそこに生き物が集まる。
『生き物の集まる牧場』これは森林ノ牧場が目指すのもの。だからこの場所にビオトープを作った意味がある。菅原さんは言います。

ワークショップにはリピーターとして、神奈川や東京など遠方からの参加も多いそうです。さらに、観察会を通じて家族同士が知り合い、森林ノ牧場以外でもつながりを持っていると言います。自然と触れ合うことで、忙しい日常を忘れたい。都会に住む方たちだからこそ、その思いがあるのかもしれません。

牛の価値

役目を終えたあとも身近に感じるモノに生まれ変わる。

森林ノ牧場では、ジャージー牛を育てています。濃い色の牛もいれば薄い色の牛もいて、牛1頭1頭に名前が付いており、搾乳する時はスタッフが名前を呼ぶと自ら牛舎の中に入るそうです。牛たちも自分の名前を認識していて、最初の2文字くらいで判別しているみたいです。嬉しそうに菅原さんは話してくれました。

牛の名前はスタッフが付けたり、偶然お産に立ち会ったお客様に付けていただくこともあるそうです。乳牛として育て、乳生産やお産ができなくなった牛は役目を終えます。 しかし、その牛たちには名前があり、スタッフやお客様から愛されてきたからこそ、その役目を終えたあとも職人さんの力を借りて、革製品やお肉に生まれ変わります。

革製品は「あの子の革」と名前を付け、職人さんによって再び命を吹き込まれます。 革製品は使えば使うほどに自分の色になります。乳牛としての役目を終えたあとも、こうして使い続けることで命をつないでいきたい。また、牛たちが生まれてきた意味を伝え、付加価値を付ける、という思いで革製品を販売しているそうです。

牧場のこれからのビジョン

生き物の集まる牧場、地域雇用、地域とのつながりを目指す森林ノ牧場 益子。

最後に、菅原さんのこれからのビジョンを伺いました。

菅原さん:
「この牧場を益子町にとって価値のある場所にしていきたい。この場所に牛たちが来たことで、人が集まり、耕作放棄地だった場所に価値が生まれる。そんな取り組みを続けていきたいと思っています。 現在は、牛たちの過ごす施設だけですが、カフェなど、ここで搾った牛乳でできた乳製品を提供できる施設を建てることで、近くに住む方がカフェで働き、人が自然と集まる場所に変えていきたい。地元の方に『いいね』と言ってもらえるような場所にしていきたい」

益子町への地域貢献、そこに住む方とのつながりや自然を大切にすること。森林ノ牧場の未来、菅原さんの思いがカタチになる日を楽しみにしています。

文:今井美樹
写真:森林ノ牧場