ローカルニッポン

デザインから広がる地域の環 ― 地方×デザインの可能性を探る ―

本州最南端にほど近く、関西都市圏から特急で3時間以上。熊野古道や那智の滝、温泉に生マグロなど、和歌山県内屈指の観光地として知られる那智勝浦町の片隅に、小さなデザイン事務所「ヒトノハ」があります。地域内外から集まった個性豊かな従業員たちを率いるのは、2015年に隣町の古座川(こざがわ)町へと移住してきた岩倉昂史さん。地方×デザインを通して見える現在と未来を伺いました。

南紀の地で生まれた小さなデザイン会社

紀伊半島の南端部に広がる「南紀」。熊野古道や生マグロの水揚げで知られる那智勝浦町、古くからの捕鯨文化が息づく太地(たいじ)町、世界最北のサンゴ群落で知られる本州最南端の串本町、神倉神社や熊野速玉大社などの世界遺産を有する新宮(しんぐう)市、広大な森林と清流・古座川の町である古座川町など、古い信仰や文化が根付く自然豊かな地域です。

この土地に根ざすデザイン会社「株式会社ヒトノハ」の代表、岩倉昂史(いわくらたかし)さんは1993年大阪府生まれ。高校卒業後に京都府でカフェを開店し、その後企業に勤めながらグラフィックデザイナーとしての技術を身につけました。活動の拠点を探す中で古座川町と出会い、移住を決めたのは22歳だった2015年。デザインの仕事が多い都会ではなく地方を拠点に選んだ理由を、岩倉さんは次のように話します。

ヒトノハの代表、岩倉昂史さん。古座川町に住む2児の父です

岩倉さん:
「デザインを仕事にすると考えたときに、商品の価値を上げるためだけのデザインじゃなくて、もっと自分たちの生き方の選択に関わるような、大きなことから小さなことまで一貫した形でデザインに取り組みたいと思ったんです。そう考えると都会よりも地方のほうが、地域の大きなことも自分ごととして取り組める規模感なんじゃないかと思って、全国いろんな土地を訪ね歩きました。南紀に決めたのは、出会った人たちの感触ですね。受け入れてもらえる感覚と、なにかが始まるんじゃないかという予感がしたんです」

そんな岩倉さんが古座川町で始めたデザイン会社「ヒトノハ」は、地元出身者と移住者を仲間に加え、現在10名の従業員が在籍。社外のパートナーも含めるとさらに多くの人が関わっています。仕事の幅も、当初から取り組んできたグラフィックデザインに加え、WEBサイトの制作や企業のコンサルティングなど、様々に広がっています。

2022年からは隣町である那智勝浦町下里にあるビルを改修し、その2階にオフィスを構えるようになりました。同ビルの1階は、人・もの・ことが交ざり合う “新しいふるさと” の拠点として、大胆に改装中。地域内外から集まった新しい仲間も加わり、「汽ノ舎」として2024年にオープンを予定しています。

株式会社ヒトノハのオフィス(2階)は、海を望む太田川の河口にあります。

この土地で「デザイン」すること

移住してデザイン業を始めた当初、岩倉さんが手掛けていたのは主に地域の商品とお店に関わるグラフィックデザインでした。例えばポスターやパッケージ、チラシやパンフレットなど、私たちの考える “デザイン” です。

しかし、少しずつ地域に溶け込み付き合いの幅が広がっていく中で、岩倉さんの仕事は自然と変わっていきました。良いものをつくるのはもちろん、地域の人たちが抱えているいろいろな問題を一緒に整理し、目指すビジョンを考え、それに向けて取り組んでいく、というスタイルに近づいていったと言います。

岩倉さん:
「表現が良いことはもちろん重要ですが、そもそも制作する目的を一緒に見つけたり整理したりしていく過程も重要なんだと、この土地で過ごして仕事をする中でわかってきました。デザインは、目指したい状態と現状とのギャップを一緒に探して、その間を埋める道筋をたどること。地方ではいろんな仕事にいろんな角度から関わることができるからこそ、実感できたことだと思います」

豊かな歴史文化や自然を誇る南紀の土地は、少子高齢化の先進地。人口規模はもちろん、産業も決して大きくはありません。そのこともあって、ヒトノハのクライアントは個人事業主からNPO法人、農園、行政などが多くを占めます。また最近では、漁業や林業など、この地域を支えてきた産業にデザインの立場から関わることも増えてきました。現在の仕事先は、和歌山県・三重県が7割。今後はこの地域で培った手法をいろいろな“地方”に広げ、仕事をする先として地元と県外を5割ずつにしたい、と岩倉さんは考えています。

地方×デザインから見えてきたこと

ヒトノハが関わる “地方×デザイン” をいくつか見てみましょう。事務所のある那智勝浦町から車で1時間ほど走ったところにある三重県御浜(みはま)町は、県内屈指のみかんの産地として知られています。ヒトノハでは、2019年から御浜町の移住ポータルサイトや関連する様々なパンフレットやのぼりのデザイン、そして地域ポイントカードであるKiiCardのデザインやホームページの制作を手掛けてきました。特に観光・移住ポータルサイト「青を編む」は、コンセプトや見せ方を深く検討して制作した思い入れの深い仕事です。

岩倉さん:
「簡単に言えばこの町に来てほしい、そして移住をしてほしいということなんですが、どこの地域も人を求めている中で、そもそもどうやって関心を持ってもらえるかを考えました。よくあるいろんなお役立ち情報を並べるようなものではないとしても、どこまで表現をとがらせるべきか……。バランスを考えながら、担当の方とかなり突っ込んだミーティングを繰り返していきました」

そうやって意見をぶつけ合う中で出てきたのが、“青”というキーワードです。山と海、そして青みかん等。御浜町の特徴を“青”という色に凝縮させ、見た人にそのイメージを伝えるために表現を突き詰めました。色味や写真の構図、言葉、すべてにこだわったWEBサイトは、御浜町の暮らしと物語を伝える、写真をふんだんに使用したデザインに仕上がっています。

ヒトノハが制作した御浜町のポータルサイト「青を編む:三重県御浜町」。

サイト公開後、年に数件だった就農の相談が、2021年には年間30件近くに増加しました。またそのうちの9人が実際に就農を志し、研修を開始しています。その町の特徴や良さをともに考え、ユーザーの視点に立ちながら、限りある時間の中で表現を突き詰めていくデザインの力を実感したと岩倉さんは言います。

岩倉さん:
「クライアントも自分たちもはっきりとした正解はない中、本気の議論をまとめて期限内に完成までもっていく。ここはほんとうに、いつも緊張感があります」

そのほか、良材の生産地で知られる三重県熊野市の製材会社である株式会社nojimokuのブランド設計、ロゴ制作、WEBサイト制作などを2022年度から進めてきました。戦前・戦後において紀伊半島南部の基幹産業であった林業はその後衰退の一途をたどり、人の手が入らなくなった現在の森林の状況は決して良くありません。そのような状況にあって、どのように山と地域を持続させていくのか。製材所としてその課題に直面しながら、クリエイティブにものづくりを通して打開策を練るnojimokuとの仕事はとても刺激的だった、と岩倉さんは話します。

株式会社nojimokuのWEBサイト。随所に遊び心が詰まっています

1年弱をかけて取り組んだnojimokuのリブランディング、WEBサイト制作の過程では、何度も製材の現場に足を運びながら、会社の次世代を担うメンバーたちと一緒にアイデアを育てていきました。製材の面白さ、木の味わい深さをたっぷり伝えると同時に、読み物としても面白いものになることを目標に社内外の声を多く収録しています。

岩倉さん:
「この地域はほとんどが山ですし、実際、僕の毎日の通勤路の結構な割合が山道です。でもそれがどんなふうに出来上がってどのように生活にまでつながっているのか、そこにどんな人たちが関わっているのか、僕は全然わかっていませんでした。nojimokuさんとの仕事は自分たちの住んでいる世界について深く知る機会にもなりましたし、林業の衰退のような大きな社会問題に対して、クリエイティブかつ地に足を着けて向き合っていく姿勢を学ばせていただきました」

地域に住む人々や仕事との出会いをきっかけに、その地域に眠る物語を掘り起こしていく。それはかつてあったものかもしれないし、今まさに紡がれつつあるものかもしれない。それを一緒に探していくことで、地域も人々も、自分たちのものの見方も技術も深まっていくからこの仕事は面白い、そう岩倉さんは言います。

地域とともに目指す未来

地域の抱える問題は複雑に絡まり合っています。だからこそ、自分たちの目指すありかたを皆が考え、現在地を慎重に見極めながら課題を柔軟に乗り越えていく。地域と一緒に描いていく未来を実現するときに、自分たちが培ってきたデザインの視点や技術が役に立つと岩倉さんは考えています。最後に、そんなヒトノハが考える未来への展望を聞きました。

岩倉さん:
「この土地ならではの風土や文化や歴史、その地に生きる人々の心地よさを合わせて、この地域内の生活が持続できるようなものをつくっていきたいですね。そしてそのノウハウの抽象度を上げて、別の地域にも真似してもらえるようなものにしたいと思っています。独自性高くつくり込むことも、抽象度を上げて考えることもデザインの強みだと思うので。持続できる地方がいろんなところに生まれたら面白いし、熊野地方をまずはその一つにしていきたいと思っています」

大阪から人を迎え、ミーティングで賑わうヒトノハのオフィス

岩倉さんはこの地域に住む一員として、地元の商工会青年部の理事や、観光協会の理事、消防団員などを兼務しています。「地域に住む一人として、地域に関わりながらつくっていく。消費者でもあり、生産者でもあるという感覚が大事だと思っています」。そう語る岩倉さんとヒトノハの活動は、ますます広がっていきそうです。

文:池山草馬
写真:株式会社ヒトノハ(提供)