ローカルニッポン

無人島から始まった地域資源の再発見/NPO法人たてやま・海辺の鑑定団

暖流黒潮の北限、南房総

海水温の影響から同緯度の地域に比べて温かく、海の中では多種多様な生物を観察することができます。また房総半島の南部で、東京湾、太平洋どちらにも接しているため、海岸線の表情も豊か。今回は、南房総の海に遊び、学び、この喜びをより多くの人に知ってもらおうと集まった海を楽しむスペシャリストによるNPO活動が、今年で10周年を迎えたことを期に、これまでの活動や今後の展望についてご紹介したいと思います。

館山でサンゴが見られることをご存知ですか?

沖ノ島のサンゴ(南房総一帯には約30種類のサンゴが生息している)

サンゴというと南国、日本では沖縄を連想することが多いですが、実はここ南房総の海は生きたサンゴを観察することのできる北限地域です。いくつかスポットがある中、館山市にある「沖ノ島」はスノーケリングなど比較的軽装備でサンゴが見られる名所。その昔海に浮かんでいた無人島が、数々の隆起によって1940年代海岸線とつながり、2003年~2005年には縄文時代の海中遺跡が発掘され、学術的に世界的なニュースとなりました。


この沖ノ島にてサンゴが見られる理由についてNPO法人たてやま・海辺の鑑定団理事長竹内聖一さんに聞いてみましょう。

“サンゴが生息するためには海水温が高いことや海が澄んでいることは必須条件ですが、加えて館山湾が穏やかであることも関係していると思います。黒潮は温かさをもたらす半面流れの速い海流で、卵や幼生(赤ちゃん)が海中を浮遊してから岩礁に付着するサンゴにとって不向きな環境といえます。この点、館山湾は海流を包み込む入江になっているので、サンゴの命をつなげることができたのではないでしょうか。”


鏡のように景色を映し出すことから、「鏡ケ浦」とも呼ばれる波静かな館山湾。湾内中心部にポコっと付きでた沖ノ島周辺は、環境省の海水浴場水質調査でAAランクに指定されるほど海が透き通っています。この一見すると南国のように温かく静かで美しい館山湾の育む海の世界を案内しているのが、NPO法人たてやま・海辺の鑑定団です。

NPO法人たてやま・海辺の鑑定団

「海鑑(うみかん)」の略称で親しまれるNPO法人たてやま・海辺の鑑定団は、2004年1月に発足し、館山の海を愛する人々の尽力によってかれこれ10年間、海や海岸の楽しみ方、そして環境保全活動に取り組んできました。沖ノ島サンゴの案内のほか年間を通じて以下、様々な体験プログラムを行っています。

(1)沖ノ島無人島探検

NPO法人たてやま・海辺の鑑定団の定番エコツアーです。サンゴを代表する、豊かな生態系を有する沖ノ島で、身近で貴重な自然を五感で味わうプログラム。島を巡りながら、きれいな貝殻と出会い、多くの生き物が住まう海辺を感じ、海の上にぽっかり浮かぶ森の中や植物の営み、そして縄文時代遺跡等、凝縮された自然や歴史を体験することができます。

(2)沖ノ島スノーケリング体験

沖ノ島サンゴはじめ、様々な水中の生き物や魚達と触れあう体験プログラムです。スノーケリングに必要な道具が借りられる他、潜る前に練習の準備時間もあるため安心して参加することができます。また浅いコース、深いコースとがあり、小学生から大人まで年齢・スキルを問わずに楽しめるところもポイント。

(3)ビーチコーミング体験

ビーチコーミングとは、海岸を櫛(くし)ですくい取る(comb:コーム)こと。数多くの種類がある美しい貝殻や、どこからきたのか思いを馳せる多くの漂着物を拾いながら、海岸を散策します。専門ガイドと歩く海辺は、どんな小さな発見も海辺の物語に溢れています。この貝殻などを使ったアクセサリー作り「クラフト体験」も定期開催中です。

(4)国際海岸クリーンアップ~沖ノ島

2006年から毎年秋に取り組んでいる、アメリカ「オーシャン・コンサーバンシー」発の国際海岸クリーンアップ活動。ゴミ拾いをするだけでなく、ゴミの種類を細かく分類して調査報告します。この他、観光シーズンは多くの人で賑わう沖ノ島の清掃活動、また環境保全の啓発活動を定期的に行っています。

NPO活動にかける思い

NPO理事長の竹内さんは、東京港区生まれで14年前に釣り好きをきっかけとして館山に越してきた移住者。10年続けた家電量販店の仕事から一変、館山ではホテルで働くことになったところ、思わぬ疑問に当たりました。

“偶然にもホテル業に携わって、旅行者に館山の良さを伝えようと様々な提案をしていく中で、こんなに自慢できる素晴らしい海を積極的にアピールしていないように感じました。足元に海や里山、歴史や文化など沢山の地域資源が眠っているのに、これを生かさないのはなぜだろうかと。”

灯台もと暗しとはいいますが、誰しも生まれ育った環境には慣れ親しんでしまうもの。特にここ南房総は海山の幸豊かな土地柄で、農水産業から観光業までそこまで発信する必要がなかったのかもしれません。しかし竹内さんにとって「地域資源を活かすこと」にはもう1つの意義があったのです。

“バブル崩壊後モノが売れなくなり、どの業界もリストラや残業だらけ、多くの人が、そんな豪華でなくていいから、豊かな生活をしたいと思った時代背景もあると思います。もう一度身近な幸せを大事にしていく価値の転換といいますか、私にとってはそれが釣りだったり音楽だったり。これを館山市や広い地域に置き換えれば、ここにしかない大切な資源を楽しむことにあると思うのです。”

自らもサラリーマン時代、身体を酷使して働いてきた竹内さん。一方では、地域資源を掘り起こし伝えることが、今後南房総の観光業ひいては地域活性化の基礎になるのではと提案しつつ、他方、何気なく周りに存在する自然や歴史、文化にもう一度目を向けることは、経済成長期以降の日本人にとって大切な価値なのではないかと語ります。

誰でも楽しめる「ちょい投げ釣体験」中

エコツーリストを育てるエコツーリズム

こうして地域資源を活かした活性化また新たな価値の提案に取り組もうと志した竹内さんは、2003年に観光協会の開催した「海辺の指導者養成講座」に参加し、その場に集まった海辺の達人と共にNPO法人を立ち上げました。活動が評価され、設立2年目にして日本エコツーリズム協会、第2回エコツーリズム大賞特別賞を受賞したNPO法人たてやま・海辺の鑑定団。今後はエコツーリストを育てるためにより一層力をいれていくとのことです。

“沖ノ島もそうですが、多くの人が訪れるようになって人的要因での環境変化が危惧されています。地元の人も都会から遊びに来る人も、地域資源を楽しむ中でこれに愛着が湧くと自然に大切にしたいという思いが芽生えます。私達は、海や里山の楽しみ方を伝える活動をしていますが、楽しみを共有した小さなお子さんから大人まで、一歩先の持続する自然環境について考える輪を広げていきたいですね。”


単に楽しむだけでなく、環境学習の要素も兼ね添えた海鑑の体験プログラム。年間を通じて多くの教育機関や子ども連れの家族がこれを体験しています。海鑑メンバーは、それぞれが各フィールドをもった海の専門家ですので、担当するガイドによって聞ける話が異なることも面白いところ。これから夏が始まりますので、是非とも一度、沖ノ島サンゴをご覧になってください。

文:東 洋平

Photo by NPO法人たてやま・海辺の鑑定団