仙台駅から原ノ町行の常磐線に乗り、原ノ町駅での途中乗り換えを挟んで二駅目。小高駅に到着する。小高駅のある福島県南相馬市小高区は、福島第一原子力発電所から半径20キロ圏内の場所にあり、旧警戒区域にあたる。2016年7月には、一部の帰還困難区域を除いて避難指示が解除された。
しかし現在の帰還者数は、震災前の3割に満たない。震災は住民から生活の拠点を根こそぎ奪った。単に衣食住にとどまらない。学ぶ場所、働く場所、住民同士のコミュニケーションの場を奪った。
この場所で生活する一人の劇作家、小説家がいる。震災直後から福島にコミットし、現在でもコミットし続ける柳美里さんだ。震災前、鎌倉に居住していた柳さんは、鎌倉と福島を何度も往復し、土地と人に深く関わりあうことになる。柳さんが福島に特に深くコミットする契機となったラジオ番組がある。2012年2月に臨時災害放送局・南相馬ひばりFMでスタートした「柳美里のふたりとひとり」がそれである。番組に出演するために、柳さんは鎌倉から南相馬まで、毎週のようにボランティアで通い続けた。2015年4月、柳さん一家は南相馬市原町区へ転居する。そして2017年7月には、小高駅の駅前通りにある一軒家を購入し、引っ越しをする。なぜ小高に一軒家を購入したかといえば、そこで生活しながら本屋を営むためである。
原町区時代の柳さんは、「柳美里のふたりとひとり」に出演した高校教師に請われ、福島県立小高工業高等学校で自己表現と文章表現の授業を担当することになる。さらに、小高工業高校と小高商業高校が統合して2017年4月に開校した、福島県立小高産業技術高等学校の校歌の作詞も委託される(作曲は長渕剛氏)。小高産業技術高等学校の生徒たちの多くは小高区外に居住しており、小高駅の利用者が多い。常磐線は1時間に1本、時間帯によっては2時間に1本の割合でしか列車は来ない。暑い夏、寒い冬、生徒たちは駅舎近くに集い、列車が来るまでの時間をつぶす。駅近くには休憩できるスペースはほとんどない。
下校途中に列車を待つ高校生たちのための場所として、誰もが出入り自由な本屋はベストな場所と言えるだろう。小説家は本にもっとも近い職種である。これまでの人生で膨大な本を読んできた読書家でもある柳さんが、この場所で何かをするとしたら、それは本屋しかない。書店名は、柳さん初の小説単行本のタイトルにちなみ『フルハウス』(文藝春秋)と名づけられた。フルハウスはポーカーの手役の一つであるが、「大入り満員」の意味もある。たくさんのお客さんに来てほしいという思いが、フルハウスという店名にはこめられている。
2017年12月には、クラウドファンディング・プラットフォーム「MOTION GALLERY」で、「福島県南相馬市小高区に本屋(ブックカフェ)を。芥川賞作家・柳美里さんと旧『警戒区域』を『世界一美しい場所』へ。」とタイトリングされたプロジェクトが立ちあがる(現在は終了)。南相馬市小高区に「世界一美しい場所」を作るプロジェクトに、573人もの賛同者が集まり、約900万円の資金が集まった。こうして、フルハウスの開店資金は準備された。
2018年4月9日、フルハウスはオープンする。開店にあたって、柳さんは村山由佳さん、角田光代さん、和合亮一さん、中村文則さん、小山田浩子さん、青山七恵さん、平田オリザさん、若松英輔さん、いしいしんじさんなど24名の知人・友人に打診をし、それぞれが考えたテーマを元に20冊の選書をしてもらい、手書きのメッセージを添えて販売するコーナーを設置した。さらに開店記念イベントとして、選書メンバーをゲストに迎え、毎週土曜日にトークイベントが開催された。地元の人だけでなく、日本中から参加者が来訪し、盛況を呈した。本屋フルハウスは本を売るだけの場所ではない。文化発信の場所であることを示した。この場所での体験が人と人を結び合わせる「出会いの空間」でもある。
柳さんにとって、本屋フルハウスは出発点にすぎない。「フルハウス・プロジェクト」と総称できるような企画が同時進行している。2018年9月には19歳の時に柳さんが立ち上げ、最終作『Green Bench』の後、23年間休止状態に会った演劇ユニット「青春五月党」の復活公演『静物画』が、10月には新作『町の形見』が、フルハウスに併設された小劇場「La MaMa ODAKA」で柳さんの演出によって公演された。
柳さん宅にお伺いした8月下旬のこの日、今後高校生が自由に使うことができるスペースとして解放される予定の、離れ2階部分のお披露目会が開催された。望月通陽さんの手による襖絵が美しい8畳2間続きの部屋の周囲には、柳さんの蔵書が並べ置かれている。若い人が快適に過ごせるような調度品が置かれ、この日はお菓子や飲み物が振る舞われた。小高産業技術高等学校の生徒さんたちがひっきりなしに訪れ、次の列車が来るまでの間、自由に時間を過ごしていた。
さらに自宅前の駐車スペースには、ブックカフェが開店予定だ。敷地内にある蔵も、改装を行ったのちバーとして活用されるとのこと。フルハウス・プロジェクトは、終わることのない「運動」である。柳さんが運営するフルハウスが、「人」と「物」と「事」をつなぎ、小高の地を活性化させる文化拠点として永続的に発展していくことを願ってやまない。
今回、柳さんと親交があり、柳さんの「場所づくりの思想」に共鳴する4名の皆さんにお話しを伺った。4人とも、小高復興のシンボルと言える存在である。それぞれの視点から浮かび上がる小高の現在と未来、そして小高で一住民として生活し、活動する柳美里さんの印象とは…。
文・榎本正樹
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次の世代に託す基盤をつくる
──双葉屋旅館 小林知子さん
懐かしの味で小高の食を支える
──双葉食堂 豊田英子さん
文学と映画を愛する市井の文化人
──谷地魚店 谷地茂一さん
小高の復興に尽力する新世代
──小高ワーカーズベース 和田智行さん