ローカルニッポン

旧老川小学校:廃校を人が集う場に再び

書き手:下郷さとみ
千葉県鴨川市在住。ジャーナリスト。農的暮らしを求めて移り住んだ地で里山保全活動にも取り組む。海外ではブラジルのスラムやアマゾンを継続して取材。先住民族の暮らしに人と自然が共生する場「里山」を感じている。

新たな役割を得てよみがえった廃校

千葉県夷隅郡大多喜町の西部に位置する老川地区。渓谷美で知られる養老川にかかる奥養老橋にほど近い小高い丘の上に、旧・大多喜町立老川小学校がたたずんでいます。周囲の山なみを遠景に配して、勾配屋根の連なりが目を引く美しい木造の校舎は、2013年に廃校となった後も地域活動に活用されてきました。そして2017年5月からは株式会社良品計画が建物を町から借り受けて、地域振興と地域コミュニティ活性化に取り組んでいます。

「なにより建物の美しさがよいですね」と、良品計画大多喜事務所で運営統括を務める中川正則さんが目を細めます。言葉どおり建物は、複数の教室棟を外廊下で結ぶというクラスター型のユニークな姿と、地元の杉材をふんだんに使った木のぬくもりが印象的です。2000年12月に完成した後には、千葉県建築文化賞や文部科学大臣奨励賞も受賞しました。しかし、その後の児童数の減少は止められず、2013年に近隣の学校と統合される形で、老川小学校は125年という長い歴史の幕を閉じました。

全校児童34人が閉校の時を見守った学び舎は、地域の住民団体「やまゆりの会」の環境美化活動によって、その後も継続して保全されてきました。そして2017年に良品計画が施設運営に参画。旧校舎はいま新たな役割を得て、地域の人たちや遠方からここを訪れる人たちに、つながりと地域創生の場を提供しています。

「地域で長い間親しまれ、受け継がれてきた大切な学校を、地域の人々のコミュニケーションの場や、都市と地域とをつなぐ場として、また、地域の課題を共に考え、地域振興を生み出す拠点として役立てていけたらと考えています」と、中川さんは語ります。さて、どのような取り組みが展開されているのでしょうか。

人がまじわる場をつくりだすさまざまな取り組み

●協働の形を生みだすコワーキングスペース

無印良品のオフィス家具が配置されたコワーキングスペース(写真:良品計画)

無印良品のオフィス家具が配置されたコワーキングスペース(写真:良品計画)

2017年11月、低学年の教室だった建物にコワーキングスペースがオープンしました。ここではオフィスを必要とするフリーランスや起業家などに、共有のスペースを提供しています。デスクは大小のサイズが用意され、個人のデスクワークだけでなく、少人数での打ち合わせやレクチャーなどにも対応が可能です。Wi-Fiや複合機(別途、利用料金が必要)、ロッカー、そして黒板やスクリーンも完備。冬にはこたつが置かれる畳敷きの小上がりスペースもあります。利用料金は一時利用会員がひとり1日500円、月額利用会員はひとり6000円となっています(いずれも要予約)。

対象は、もちろんビジネスパーソンに限りません。ちょっとした事務仕事の必要があるけれども自宅では落ち着かない、という地域の人にとっても、気軽に使える便利な場所となるはずです。大きな窓の向こうにはグラウンドと山の景色が広がり、室内は学校時代のまま残る板張りの床に無印良品の家具がマッチしています。あたたかみのある、ゆったりとした開放的な空間で、仕事がさくさくとはかどりそうです。

コワーキングスペースに構えた良品計画大多喜事務所のオフィスで仕事をする中川さん

コワーキングスペースに構えた良品計画大多喜事務所のオフィスで仕事をする中川さん

コワーキングスペースがレンタルオフィスと大きく違う点は、後者のような個室ではなく、利用者がスペースを共有するところにあります。業種や業態を超えて、さまざまな人が時間と場を共にするなかから、自然とコミュニケーションが生まれます。学び合いや情報の交換を通して連携や協働が生まれ、さらには地域の課題の解決や新たな事業の創出に結びついていくことを、このコワーキングスペースでは目指しています。

大多喜町や周辺地域で活躍する地域おこし協力隊の隊員には、無償でスペースを提供しているそうです。週の半分近く、ここに通って仕事をする人もいるとか。まだまだ「知る人ぞ知る」な存在の場ですが、「地域に移り住む人が増えていけば、このスペースへのニーズもさらに高まると考えています」と、中川さんは期待を寄せています。

●地域の人が集うお楽しみ処「みんな食堂」

旧老川小には、おいしいにおいが流れてくる日があります。それは「みんな食堂」の日。地域の人たちがだれでも利用できる食堂として、2018年5月から毎月第2日曜日に実施しています。今年1月の開催日におじゃました時は、ご近所のお年寄りグループや、おかあさんやおばあちゃんに連れられた小さな子どもたち、また、千葉市内からひとりで参加したという若い女性の姿もありました。

厨房は2階のかつての調理実習室、食堂は1階の音楽室だった部屋です。テーブルを囲んでおしゃべりしながらの食事の後は、映画の上映会やカラオケといった自由参加のお楽しみ会が待っています。調理室では希望者を対象に、お菓子づくり教室なども開かれます。

みんな食堂で出す料理づくりに子どもたちもお手伝いで参加しました

みんな食堂で出す料理づくりに子どもたちもお手伝いで参加しました

献立の準備とメインの調理担当は、良品計画で大多喜町を担当する佐藤一成さん。前職は料理人だったという異色の経歴の持ち主です。地域の食材を生かした料理が好評の食堂では、今年1月から新たな試みも始まっています。それは、献立のうち1品を好きな食材を持ち寄ってみんなで料理しようという、「食べる」に「つくる」をプラスしたプログラムです。また、地域の農家に余剰野菜を提供してもらって食材に生かすという試みも始めました。大多喜事務所で企画を担当する安井由紀さんは、地域との関係づくりに取り組むなかで、このアイデアが浮かんだといいます。「規格外だから、傷があるからという理由で出荷できずに結局は処分されてしまう野菜がけっこうあることに、農家さんのところを回りながら気づきました。それを、みんな食堂におすそ分けしてもらうことで、地域のおいしい野菜を生かす道筋づくりができたらと考えています」。

食事代は、おとなが300円、小学生は150円、小学生未満は無料。定員30人の予約制となっています。一緒につくって、おいしく食べて、おしゃべりをしたり、歌ったり。さらにまた、これからは、「食」を通して地元の農家とも連携をしていきます。みんな食堂は、地域のつながりをさまざまなシーンで生み出す地域のみんなの食堂として発展を続けています。

●イベントを通して地域の魅力や課題を知る

旧老川小で真っ先に目を引く建物が、ドーム型の屋根を頂く多目的ホールです。廃校後も、やまゆりの会をはじめとする地域の団体にイベントなどで有効活用されてきました。良品計画もまた月2回ほどのペースで、ホールや他の部屋を利用した多彩なイベントを開催しています。スタイルは、参加型の物づくりのワークショップを中心に、セミナーやシンポジウムなどさまざま。これまで、竹細工や稲わら細工、ベンガラ染めなどのクラフト系のワークショップ、ジビエを使った料理づくりなど、さまざまなプログラムが実施されました。なかには、川漁師さんからモクズガニ漁のお話を聞いた後に、実際に川で獲れたカニで郷土料理をつくって食べるという、なんとも贅沢なワークショップも。

ワークショップで伝統のカニごし汁をつくる漁師の高梨喜一郎さん(写真:良品計画)

ワークショップで伝統のカニごし汁をつくる漁師の高梨喜一郎さん(写真:良品計画)

地域の課題を共有して、その解決の道を地域発でつくりだすことを目標としたイベントも実施されてきました。その第一弾が、2017年10月に開かれたシンポジウム「自伐型林業×タケノコ栽培による地域活性化~大多喜発の地方創生モデル」です。遊休状態に置かれた山林・竹林の面積が拡大していることから、それらを活用して新たな地場経済をつくりだす地域創生のアイデアが熱心に語り合われました。地域ではイノシシなどによる農業被害も深刻です。人が入らなくなった山に獣が増え続けているためです。ジビエ料理のワークショップは、食材の背景にある地域の課題と解決策を参加者が認識し合う機会ともなっています。

地域への愛着から生まれる地域創生の力

イベントの企画運営を担当する安井さんにとって、地域の人を訪ね歩いてテーマを探すのが日課のひとつです。前述のモクズガニは上海ガニと同種の淡水ガニですが、いまでは漁をする人も少なくなり、郷土料理のカニごし汁もまた地域の食卓から消えつつあります。安井さんは漁師さんとの何気ない会話に出てきたモクズガニに興味を抱き、そしてそれがワークショップの企画に結実しました。「農家さんや漁師さん、地域の人たちの話は本当に面白いんです。興味深いことばかりで。これも知りたい、あれも知りたいと、どんどんつながっていって、テーマが広がります」と語る安井さんが、言葉をつなげて「だから、すごく忙しくって」と笑います。安井さんにとって、仕事が、仕事を超えて楽しみとなっているようすが伝わってきました。

中川さんに、「大多喜に赴任して、いちばんの魅力と感じるところは?」と尋ねてみました。答えは「星いっぱいの夜空」だそうです。四季折々に美しく、またおだやかな自然。温泉もある養老渓谷。夜の静けさ。ずっと都市部で暮らしてきた中川さんにとっては、地域の自然と景観は、なによりの魅力のようです。星いっぱいの夜空への感動は、昨年10月のイベント「廃校で星空キャンプ」につながりました。グラウンドにテントを張って過ごす1泊2日のイベントです。夜は星空観察も行いました。

左から旧老川小の活動を盛り上げる良品計画スタッフ、中川さん、安井さん、佐藤さん

左から旧老川小の活動を盛り上げる良品計画スタッフ、中川さん、安井さん、佐藤さん

人は、地域にまじわり、地域をより深く知るほどに、その地域への愛着が湧いてくるものです。よそから移り住んできた人にとっても、いつしかその場所が大切な場所となってゆきます。廃校とは、まさに過疎化・高齢化が進む山村の現実を示す現象です。けれど、その廃校に再び人がつどい、地域への愛着を共通項に、地元の人も、よそから来た人もまじわって地域の創生を求めていく姿が、ここ旧老川小学校にはあります。みなさんも、ぜひ訪ねてみませんか?

文・写真 下郷さとみ

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