小さな林業で里山再生を〜「房総自伐型林業推進協議会」発足 後編②
千葉県鴨川市在住。ジャーナリスト。農的暮らしを求めて移り住んだ地で里山保全活動にも取り組む。海外ではブラジルのスラムやアマゾンを継続して取材。先住民族の暮らしに人と自然が共生する場「里山」を感じている。
2019 年 1 月 12 日、千葉県夷隅郡大多喜町旧老川小学校ホールで「房総自伐型林業推進協議会設立イベント~房総の未来をひらく自伐型林業」が開かれました。そのイベントリポートの前編では、小規模で持続可能、防災・減災にも役立つという自伐型林業の特長をお伝えしました。続く後編では、房総地域での実践のようすと今後の可能性について報告します。
さまざまな事業を組み合わせてできる自伐型林業の可能性
福祉楽団は県北部の香取、八潮、成田の各市で高齢者や障害児・者にさまざまな福祉サービスを提供しています。福祉・農業・林業・食を融合するというユニークな発想で、障害のある人と共に働く場を作り出す就労継続支援事業も行なっています。そのひとつが、豚を育ててハムやソーセージなどに加工して販売し、直営のレストランでは豚肉料理を提供するという「恋する豚研究所」部門(香取市)。また、石倉さんが担当する農林事業部門「栗源第一薪炭供給所」(香取市)では、サツマイモの栽培や自伐型による薪の生産に取り組んでいます。サツマイモは人気商品のスイートポテトに使われるほか、焼き芋にも。イモを焼く燃料は、もちろん自家生産の薪です。またイモは市場に出荷もしています。
薪の年間生産量は自家消費のストーブ用が 10 立方メートル、近隣のキャンプ場への出荷用が 20 立方メートル。また端材は、事業所の浴室などの給湯用に導入した薪ボイラーで利用しています。このボイラーは針葉樹でも、直径 20 センチ、長さ 1 メートルの丸太でもそのまま燃やせるという高性能のものです。
「就労継続支援の利用者さんは薪の生産では、地面に倒した丸太をチェーンソーで切り揃えたり、薪を割ったり運んだりといった作業を担当しています」と石倉さん。この事業を立ち上げるにあたって石倉さんは、奈良県の自伐林業家のもとで半年間、研修を受けました。作業道作りから始まる林業の技術をじっくり学んだそうです。
福祉を中心にして地域が必要としていることをケアしていく、という福祉楽団の考え方に共鳴する石倉さんは、世話されずに荒れていく山林の問題も同じだと言います。「山林をどうするかは地域全体でみていかなければならない課題です。地域の困りごとの相談に乗ってケアしていくのも福祉の重要な役割のひとつ。地域に眠っている資源を生かして、いろいろと組み合わせて作り出していくのが福祉楽団のあり方だと思っています」。そう語る言葉が、とても印象的でした。
ひとつのことを専業で成り立たせるのは難しくても、小さな活動やなりわいを多種多様に興していくのは可能なはず。そこに挑戦する、もうひとつの場からの報告もありました。NPO 法人うず理事長で釜沼木炭生産組合代表でもある林良樹さんです。林さんは鴨川市西部の大山地区釜沼北集落で、林さんと同じく都市部から鴨川に移住した仲間たちと共に、炭焼きを通した里山保全活動や、棚田を舞台にした都市農村交流に取り組んでいます。
炭焼きと棚田オーナー制度は、地域の長老たちが守ってきた活動を引き継ぎました。2014 年からは株式会社良品計画との協働で、都市住民に米や大豆、味噌、醤油作りなどの体験を提供する「鴨川里山 トラスト」の活動も始めました。いま、小さな限界集落を訪れる人の数は年間で、のべ 1000 人にもなるそうです。林さんは、「みんなのふるさとを作っていこうという思いで活動しています。農村の資源や文化をシェアしていくことが伝統の継承と里山の保全につながる。それが新しい形の農村環境の利活用の仕方ではないか」と思いを語ります。
自伐型林業のモデルケースを地域に作り出したい
炭焼きには炭材の切り出しが欠かせないことから、林さんたちは自伐型林業にも関心を持つようにな りました。2014 年 3 月には自伐型林業推進協会代表理事の中嶋健造さんを講師に招いて伐採と搬出の 講習会を、2015 年 8 月には徳島県から自伐林業家の橋本光治さんを招いて作業道作りの講習会を実施しました。しかし、講習の成果を実践につなげるのはなかなか困難で、モデルケースを作り出すのを今後の課題としています。
かつての里山は、農村の営みに無限の資源を供給する場でした。林さんは、「暮らしとつながり、人とつながりながら小さなことから始める試みの延長線上に自伐型林業があります。山は希望です。その地域その地域のやり方が導き出せたら」とビジョンを描いています。
会場からも多くの質問や意見が出ました。入会地(地域の共有林)を管理しているという参加者からは、「いますぐにでも始めたくて今日は来ました。具体的な技術についてもっと知りたい」という声も。それを受けて、自伐型林業推進協会事務局長の上垣喜寛さんから「協会から講師陣を派遣できます。房総自伐型林業推進協議会主催で研修会を行なってみては」との提案がありました。
この日、房総自伐型林業推進協議会の会長に選出された鴨川市在住のジャーナリスト・高野孟さんは、2014 年の自伐型林業推進協会設立時からアドバイザー役を務めてきました。冒頭の挨拶で高野さんは、「昨年、国連が小農宣言(小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言)を採択しました。実は、現在も世界の農業生産の 8 割は家族的農業です。農業も漁業も林業も小規模ではだめだ、大規模化だ、という価値観を転じて、スモールイズビューティフルというところに、ようやく世界全体の流れが来ている。小さい森林経営を大事にしていくという自伐型林業が房総半島で発足するのは、とても喜ばしいことです」と期待を寄せました。
上垣さんによれば、自伐型林業の推進に自治体として取り組む所も全国各地に増えてきているそうです。大多喜町でも自伐型林業に従事する人材として町が新たに募集した 2 人の地域おこし協力隊員が、2019 年 4 月の新年度から活動を開始しました。2 人は自伐林業家の元での研修を経て、大多喜の山林を舞台にひと味違う林業を実践していく予定です。
低山の割には急峻で、自然や景観に富んだ房総の山々。その山懐に抱かれて広がる田畑。山と海をつないで流れる川。その先の海の豊かな漁場。それら自然の恵みを受けて営まれる里山・里海の暮らし……。こぢんまりとした中に全部の豊かさが詰まった場所、房総で、この地域ならではの自伐型林業が生まれていくことが期待されています。
文・写真 下郷さとみ