「鴨川里山トラスト」次のステップへ向けて 後編
千葉県南房総市在住。編集者、ライター。南房総の里海・里山の自然、つながる人々の豊かさに、胃袋ともども感謝する日々。目下、小規模有機オリーブ栽培に奮闘中。サーファー。2 児の父。
無印良品が、千葉県の鴨川エリアに関わり始めて6年目となりました。これまで地域の人々とつながっていくなかで、「本当に持続可能な都市と地域の関係は?」「そこにいる人々が地域について考えるきっかけは、なんだろう?」といった、たくさんの疑問も生まれました。
その答えを探るべく、これからはより深く、より多角的に、里山での暮らしや文化と一般のお客様のニーズとを繋げられるようにと願いを込めて前進していきます。
ここでは改めて、これまでの取り組みの成果や課題、そして目指す未来を、里山トラストを共催するNPO法人うず理事長・林良樹さんにお話しをうかがいながら、おさらいしていきます。
後編は、棚田トラストが「鴨川里山トラスト」へとスケールアップした背景と、これからの活動についてお伝えします。
より広い視点で里山の文化を次世代に~活動を「鴨川里山トラスト」に拡大
幅広い層の参加者と活動を続けてきた棚田トラストでしたが、農村の高齢化という必然のうねりには逆らえません。守るべき里山の文化に対して、棚田の保全だけを切り離して考えることができないのも事実です。そのような理由から、里山の文化を地元民、移住者、都市住民の分け隔てなく継承していくことをテーマに、保全活動を棚田トラストから里山トラストとし、活動の幅を広げてゆきました。
これらは、天水棚田で有機栽培のお米をつくる“有機米の会”、自分たちで育てた大豆などの材料で味噌と醤油をつくる“手づくり味噌と醤油の会”、皆でつくったお米を材料に日本酒を仕込んでもらう“自然酒の会”と、おおきく3つの柱で構成しています。そして、それぞれが有機的に関わり合う形で変化し、現在に至っています。
では、その背景にあるものは、いったいなんだったのでしょうか?
林さん:
「現在、僕が暮らす釜沼北集落25世帯のほとんどが70~80歳代です。以前は25世帯全員が農家を営んでいましたが、現在では8世帯にまで減ってしまいました。特に、天水棚田という条件で苦労する場所なので、田はどんどん放棄されつつありました。そして、畑も……。そういった状況もあり、棚田だけではなく、この集落全体の資源や景観を共に保全していけるようにと、考え方の範囲を広げたのもひとつです。お米づくりだけでなく、里山の暮らしに昔から伝わる味噌や醤油、日本酒など、伝統的な知恵の魅力もお伝えできればと。」
そして、里山の食文化から少し目線を引いてみると、周辺にはさらに多くの知恵や文化が重なり合っていることに気づきます。
林さん:
「ここに“里山の教科書”という冊子があります。これは、村の長老たちの手仕事を僕たちがまとめたものです。彼らの知恵があれば、わらも、竹も、すすきも、野原も、そこにあるすべてのものが生かされるけれども、現代の社会ではまったく価値のないものとされてしまっています。本来、里山というのは、暮らしに必要なものがすべて詰まった日本の循環型社会のシンボルとも言えるのですが、そういったものがいま失われつつあるのです。とはいえ、僕らもそのまま昔に戻ることはできません。ただ、こういった視点や知恵をもう一度現代的に取り入れた社会システムや経済システム、ライフスタイルは、これからの時代に求められているものだと思うのです。
日本の伝統的な暮らしのなかに宝物やヒントがたくさんあります。いずれ長老たちがいなくなってしまう前にまとめておきたいという使命感に似たものが僕たちにはありました。そして、こういった日本の財産をもう村人だけに限らず、移住者や都市住民みんなで守っていけたらと。全部が全部できるわけでは決してありませんが、トラスト活動のなかで、こういったエッセンスを少しでも体感していただけたらと思ってやっています。」
社会の成長とともに、ある部分で暮らしやすさが生まれたその一方で、多くの弊害が生まれてしまったのも周知の通りです。しかし近年、社会が成熟し始めるにつれて、前向きな兆しもあらわれ始めています。
林さん:
「いま、学生をはじめ、若い方々がすごくローカルに注目してくれているのを感じます。みなさん、就職などの話になると「パイロットになりたい」など、地域とはまったく関係のない職種を希望したりしています。でも、思考の中身はそれだけではないんです。必ずローカルとか、食べ物とか、コミュニティは大事だとかいうことを話し、最終的にはこれを守っていかなくてはいけないという意識をしっかりと持って生きているのです。
授業の一環としてここへやってくる、ある大学の国際教養学部の学生は、全員留学が必須なんです。そして、海外を見てきた彼らが足元の農村を見る。すごく学んでいて、かといって、卒業後はみんな一般的な企業に就職していくんです。しかし、人生のライフプランのなかに自分の故郷とか、田舎というのを持っているんですよね。
多分、20~30年後にはヨーロッパのように、みんなが田舎にタイニーハウスを持ったりだとか、田舎と関係性を持つようなライフスタイルが定着すると感じています。」
都市と田舎のいい関係~社内にも生まれた化学反応
これまでのトラスト活動のコンテンツのなかでも常に人気なのが、年末に行なう注連縄飾りをつくるワークショップです。特に都市部で火がつき、年を追うごとに無印良品の複数店舗でも恒例となりました。注連縄飾りは、その年に育てた稲わらを用いるため、お米づくりと切っても切れない関係です。ワークショップを開催する店舗では、そういった繋がりを理解し、自主的にお米づくりにチャレンジする店舗も少しずつ生まれてきたようです。
そしてそこには、都市と田舎のいい関係が芽生えるタネが蒔かれているのです。
無印良品は、店舗運営の部分が事業の大半ということもあり、トラストに代表される事業活動においても同様に、店舗を巻き込んでいくことに大きな意味があるように感じます。実際話を聞いてみると、例えば、名古屋の店舗は岐阜の恵那で、福岡の店舗はうきはで、三重の店舗は亀山の坂本棚田で、こういったイベントを実施しているといいます。
林さん:
「東京から100km圏内の鴨川で、都市と田舎のいい関係が構築できるならば、それはどんな都市周辺でも可能なわけです。全人類の人口の半分が都市に住んでいて、今後さらに都市化が進んでいくなかで、その関係構築は全世界に求められている課題だと思います。
例えばデンマークでは、都市部のコペンハーゲン首都圏と田舎のロラン市がお互いの持つリソースを共有し合い、共生し合う「持続可能な共生のための協力協定」という関係を締結しました。これは歴史的な出来事です。やっぱり、水と空気と食べ物がないと都市は維持できないですし、それにはお互いがいい関係を築ける共生社会になっていくことが、いちばんの近道でしょう。
僕の住む田舎も、いずれ現場の力だけではどんどんきびしい状況になってくる。だから都市部や企業と連携することで、一緒に仕事をつくり、ここで暮らしていけるような地元民や移住者を増やし、ゆくゆくは新しい持続可能な村をつくりたいと思っています。単なる都市農村交流にとどまることなく……。そのようなビジョンが僕にはあるので、そこに一歩ずつ近づけるよう、力を貸していただければ嬉しく思っています」
都市と里山とで互いのメリットを分け与えながら、デメリットを補い合う。多様であることの真の豊かさを、この里山トラストで心身ともに感じていただけたらと思っています。
文・根岸 功(KUJIKA) 写真・hirono、林 良樹
<鴨川里山トラスト2019年度 年間スケジュール>
2019年
5月18日(土) 田植え
6月8日(土) 草取り&お箸づくり
7月13日(土) 草取り&すがい縄づくり
9月7日(土) 稲刈り
10月12日(土) 収穫祭
12月21日(土) しめ縄飾り&みかん狩り
2020年
2月15日(土) 味噌仕込み
<林さんからのメッセージ>
今年も鴨川里山トラストが始まります。
里山とは、水と空気と大地と森が豊かな生態系を育み、農林水産業の基礎となり、食や暮らしを守り、街を支え、社会の健康を保っている大切な場です。
そこは、日本人が1千年の時をかけて創り上げてきた人と自然の調和した「時間と空間」であり、日本人の美意識が込められた「いのちの彫刻」だと思っています。
アメリカ先住民のことわざ”大地は先祖から受け継いだものではなく、子孫からの借り物である”とあるように、引き続き私たちの宝物である里山をみなさまと共に保全し、未来へ手渡していきたいと願っています。
今年から申し込み方法が変わり、受付は「NPO法人うず」になりました。お申し込みは、下記よりお願いいたします。
みなさまのお越しを心よりお待ちしております。
*鴨川里山トラストの予定はNPO法人うずFacebookページをご確認ください
*お問い合わせ:awanoniji@gmail.com/080−5087−3280(NPO法人うず 林良樹)