ローカルニッポン

スポーツが人と地域に与えてくれるもの

書き手:根岸 功(KUJIKA)
千葉県南房総市在住。編集者、ライター。南房総の里海・里山の自然、つながる人々の豊かさに、胃袋ともども感謝する日々。目下、小規模有機オリーブ栽培に奮闘中。サーファー。2 児の父。

千葉県鴨川は、長年にわたって多様なスポーツ文化が根差してきたエリアといえるのではないでしょうか。国内サーフィンの黎明(れいめい)期より知られる歴史あるサーフタウンでもあり、千葉ロッテマリーンズのキャンプ地としても長年知られています。

近年では2014年の創設以来、着実に成績を上げ、現在はなでしこリーグ1部昇格を目指す女子サッカーオルカ鴨川FCの本拠地としても周知されてきました。さらに、JRのサイクリスト専用車両「B.B.BASE」が都内と南房総地域を結ぶなど、サイクルツーリズムも盛んです。

このような地域特性を生かし、地域資源とスポーツとを掛け合わせ、まちづくりと地域活性に繋げようと設立されたのが地域スポーツコミッション・一般社団法人「ウェルネスポーツ鴨川」です。コンセプトに掲げられている“ウェルネス”という言葉は、

●人々の心身の健康 = スポーツを日常的に親しむ文化を根づかせる
●地域社会の健康 = 観光や農林水産業、医療福祉など、多岐に渡る分野が活性化する

という、大きく2つを指しています。メンバーは、IT、スポーツ、理学療法、鍼灸、アウトドアなど、それぞれに得意分野を持つ5人。

今回はそのなかから、オルカ鴨川FC元選手である石井 友莉奈さん、サッカー指導者の経歴を持ち、理学療法士でもある田中 理菜さん、アウトドアに精通し、鍼灸師の資格も持つ小野 幸一さんらが行なう健康プログラムにお邪魔して、それぞれが思う今後の展望などをお伺いしました。

講座ではひとりひとりの不調に気づくことで、身体と向き合うキッカケをつくる

講座ではひとりひとりの不調に気づくことで、身体と向き合うキッカケをつくる

通院未満の、身体の違和感を解決する場を

病院に行くほどではないけれど、多くの人が感じる首、肩、腰、膝など関節部分の違和感は、暮らしのなかで常に頭の片隅に残るもの。放っておいたがために酷くなってしまうと気持ちも塞いでしまいます。特に忙しいときなどは、そのケアを後回しにしてしまいがちです。

ウェルネスポーツ鴨川のコンセプトの1つめ、「スポーツを日常的に親しむ文化の醸成」の考え方をベースに、地域の人々の健康的な身体づくりのキッカケをつくる活動が、月に2回開催される「ウェルKAMO教室」です。毎回、関節のある部位にスポットを当てて、簡単な講座と実際のストレッチで参加者の身体の状態を掘り下げていきます。

理学療法士でもある田中さんはこう語ります。

田中さん:
ただがむしゃらにストレッチ方法を伝えて、時間が来たら「ハイ、おしまい」っていうクラスをやったところで、来てくださった方は「家に帰ってもう一度同じようにやってみよう」だなんて思わないと思うんです。そうではなくて、「人間のこの部位はこういう構造になってるんですよ」とか、「いま、あなたの身体はこういう状態なんですよ」って、問題にしっかり気づかせてあげた上で、その解決策を教えてあげないと、ただの体操教室に終始してしまいがち。自分の身体と向き合うための“キッカケ”をつくってあげることが、いちばん大切なことだと思っています

病院に行くほどではない気になる身体の違和感、を取り去るストレッチを練習する

病院に行くほどではない気になる身体の違和感、を取り去るストレッチを練習する

取材させていただいた当日。
まずは身体全身を用いたジャンケン対決でアイスブレイキング。講師陣と参加者のみなさん、そして参加者同士の距離感は一気に縮まり、和気あいあいとしたなかで鍼灸師の資格を持つ小野さんの首まわりの筋やツボ、そして呼吸に関する解りやすい講座が始まりました。

身体の一部分を圧迫して生じる痛みは、身体の別部分の不調を知らせてくれる重要なサイン。さらに呼吸の深浅もその不調に大きく絡んでくるそうで、あらためて身体ってすべてが繋がっていることの気づきを得たプチ講座でした。

その知識をインプットした上で、今度は理学療法士でもある田中さんが中心となって、対象部位の不具合に効くストレッチの数々を指導してくださいます。しかも、その場でひとりひとりの状態をチェックしてくれるので、参加者は自分の悪いところが明確になり、帰宅後の日々のストレッチの目標も見えてきそうです。

田中さん:
ウェルネスポーツ鴨川は、2019年4月に立ち上がったばかりの会社です。これからは事業のひとつとして、こういった教室をしっかり形にしていきたいと思っています。怪我や病気のあと、保険対象のリハビリ期限を過ぎてしまい、「この先どうしよう?」なんて思っている人たちが足を運べるところ。そういう場所が鴨川には少ないんです。

また、病院へ行きたいけれど忙しいからと痛みを我慢してしまっている農家のご高齢の方も多く、病院へ来る頃にはもう酷い状況になっているケースも多く見てきました。

健康って、私たちがみなさんに与えられるものではないんです。ご本人が健康になりたいと思わない限り、その幸せを得ることはできない。私たちはそれに気づかせてあげる役割です。

あそこに行けば、いまの身体の状態を教えてくれるから安心だっていう、そういう場をつくりたいですね。いや、つくりますよ!

首や肩が凝る原因はひとつではない。さまざまな筋肉がひとつの部位を支えている

首や肩が凝る原因はひとつではない。さまざまな筋肉がひとつの部位を支えている

マイナースポーツを、メジャースポーツに

女子サッカーなでしこリーグ2部で活躍するオルカFCを擁する鴨川市ですが、メジャーな地域資源である広いビーチに目を向ければ、そこには新たなスポーツ発展の可能性が見て取れます。新スポーツの開拓もウェルネスポーツ鴨川の事業内容のひとつです。

ビーチサッカーは、ブラジル発の砂浜で行なうサッカーゲームで、通常のサッカーの約1/7の大きさのピッチで、1チーム5名、12分×3回のピリオドで実施します。通常のサッカーとはルールが異なり、特に選手の交代回数に制限がないため、チームに人気選手が多数所属している場合など、エンターテインメント性も上がると言われています。サッカー先進国の南米やヨーロッパでは、ビーチサッカーからプロのサッカー選手になるプレイヤーもいれば、逆に有名なサッカー選手がビーチサッカーに転向するケースもあるほどの人気スポーツです。しかしアジア圏、特に女子はこれからのスポーツだそう。

ウェルネスポーツ鴨川は、女子サッカーと恵まれたビーチ、という2つのキーワードでその花を開かせようとしています。

鴨川の砂浜でビーチサッカーの練習に勤しむ石井さん(左)と田中さん(右)

鴨川の砂浜でビーチサッカーの練習に勤しむ石井さん(左)と田中さん(右)

石井さん:
もともとオルカで選手として活動していて、引退後に弊社代表の岡野との出会いがあり、チームに合流しました。そして、いまはウェルネスポーツ鴨川の社員としても働いています。女子ビーチサッカーのチーム自体も今年結成されたばかりで、チーム名は「ゾンネ鴨川BS」と言います。

田中さん:
日本国内のビーチサッカー事情ですが、いまちょうど男子の代表チームが躍進してきていて、マイナースポーツからメジャースポーツに進展できるんじゃないか、という段階です。みなさんもよく知るラモスさんが男子の監督で、アジアでもチャンピオンを取るなど結果を残しています。

一方、女子のビーチサッカーは、いまちょうど瀬戸際にいます。今年の初めにようやく、代表チームをつくってやっていこうという段階になりました。全国大会を予定していたり、リーグをつくったりで、いまは全部がプレ段階ですね。

小野さん:
僕の場合は、もともと息子がビーチサッカーをやってたので、「子供が行くなら一緒に」と一般のほうで参加していました。あるとき、その練習現場に来たのが、ウェルネスポーツ鴨川代表の岡野さんとチームゾンネの人たちでした。そして、地域おこし協力隊という立場からウェルネスポーツ鴨川、ならびにゾンネ鴨川BSをサポートすることになりました。

ウェルネスポーツ鴨川の活動目標のなかには、前述した「ウェルKAMO教室」のように地域に寄り添い、地域の人々のために活動するという主な指針があります。

それと併せて、鴨川という土地の特性を生かしながら、マイナースポーツをメジャースポーツに底上げするというミッションも同時に掲げています。

抜群の海浜環境を誇る鴨川から、サーフィン以外に季節を問わないスポーツの可能性を探ったとき、ビーチサッカーは非常にマッチング度が高い競技種目であり、子供たちとの親和性も十分考えられます。

将来、放課後のビーチで、素足でボールを追いかけるたくさんの子供たちの姿が目に浮かびました。

「みんなみの里」で開催された子供を対象にしたサッカー教室の模様

「みんなみの里」で開催された子供を対象にしたサッカー教室の模様

全国草刈り選手権!?

ウェルネスポーツ鴨川のコンセプトの2つめ、「観光や農林水産業、医療福祉など、さまざまな分野の活性化」で思い浮かぶ事柄のひとつが、担い手の減っている中山間部の健全化です。地域おこし協力隊として活動を支える小野さんは、その変化をつぶさに見てきた里山の状況に一入ならぬ思いを抱く移住者のひとりです。

小野さん:
僕は鍼灸師です。鍼灸って自然にある気の流れを整えるという考えがベースにあり、鍼灸を受けるみなさんも自然に触れることによって少しでもヘルシーになれればという思いから、鴨川に家を借りて8年になります。そして、その延長線上にここでの活動があります。

まずは、根本的に里山が元気になるにはどうしたらいいかを考えています。里山って人と自然との境界ですが、担い手不足で一種の不具合が生じているのが現状です。しっかり治して良い里山の状態をキープしていくっていうのが、僕がやるべきことなのかなって思っています。

小野さんは、そんな「里山の健全化」とみなさんもよく知る農作業のひと幕とを掛け合わせた、おもしろいレクリエーションを考案しました。里山のルーティンである草刈りを競技化してみようという発想です。

小野さん:
草刈りって重労働なので、どうにか楽しくできないか? っていう発想です。
まずは、誰かと一緒にワイワイすることで楽しむこと。そして、危なくないようにタイムではなく、いかにキレイに刈れるか?の技術点に着眼すること。 さらに、一般の方も参加できるアイデアを考えている最中です。草刈り機を触ったことのない方にも少しの講習で「草刈りってどんなもの?」を知ってもらう。子供たちには、刈った草を集めることを競技にできます。日本中、農家さんはみんな草刈りはやっていると思うので、全国草刈り選手権なんてあったら、楽しんでできるかもしれませんね。

冗談のような話ですが、何事も小さなクリエイティブの火種から始まります。生まれたばかりのビーチサッカーチームも、イメージのなかの草刈り選手権も、いつかは地域のみんなが楽しめるメジャースポーツになることを願っています。

女子ビーチサッカーチーム「ゾンネ鴨川BS」のユニフォーム

女子ビーチサッカーチーム「ゾンネ鴨川BS」のユニフォーム

文 根岸 功(KUJIKA)/ 写真 ウェルネスポーツ鴨川、根岸 功

リンク:
ウェルネスポーツ鴨川