ローカルニッポン

自伐型林業への挑戦 大多喜町 ― 道作りの下準備「山林踏査」―

書き手:下郷さとみ
千葉県鴨川市在住。ジャーナリスト。農的暮らしを求めて移り住んだ地で里山保全活動にも取り組む。海外ではブラジルのスラムやアマゾンを継続して取材。先住民族の暮らしに人と自然が共生する場「里山」を感じている。

自伐型林業—環境的にも経営的にも持続可能な小さな林業—の本格的な導入の試みが、いよいよ房総地域でも始まりました。2019年1月に千葉県夷隅郡大多喜町旧老川小学校ホールで房総自伐型林業推進協議会の発足イベントが開催。4月に、そのお膝元の大多喜町で、自伐型林業推進を目的に、地域おこし協力隊員が2名任命されて活動が開始しています。そして6月20日には、自伐型林業実践の最初の一歩となる「山林踏査(さんりんとうさ)」の講習会が大多喜町内2ヶ所の町有林で実施されました。協力隊員の村上雄基さんと斎藤英介さんを中心に、千葉県内外で森林関係の活動に携わる人たちの参加も得て行われた様子をリポートします。

崩れやすい急峻な斜面を時には這うようにして登るという過酷な講習に

崩れやすい急峻な斜面を時には這うようにして登るという過酷な講習に

急な斜面を登ったり下りたりし続けた6時間

山から木を切り出すには作業車が通れる道=作業道が必要です。山林踏査では、地形や伐採対象となる立木の状態を見ながら山を歩いて、作業道を付ける位置とルートを定めて行きます。この日の講習会は昼食休憩を挟んで計6時間、道なき道の急な斜面をしばしば滑落しながら、ひたすら登ったり下りたり沢を渡ったり。考えてみれば山に「道」を付ける準備なのですから、道がないのは当たり前。それでも、まさかこんなに過酷な講習だとは!と、ゼイゼイ言いながら後をついて行くのに精一杯でした。

「全然息が切れてませんね…!」と、参加者から感嘆の声を集めていたのは、講師の岡橋清隆さん。高級材として知られる吉野杉の産地、奈良県吉野郡吉野町で代々林業を営んできた清光(せいこう)林業株式会社の相談役を務めています。日本有数の自伐林業家として現役で活躍するかたわら、岡橋さんはNPO法人・自伐型林業推進協会が派遣する講師陣のひとりとして、こうして全国各地で指導にもあたって来ました。

この日の参加者の中ではおそらく最高齢の岡橋さんが、いちばんの健脚なのだから驚きです。身のこなしも軽やかに斜面を進みながら、「はい、ここにマークして」と、色テープを巻いて目印を付ける木を指示して行きます。目の前の斜面にどのようなルートと斜度で道を付けて行くか。ヘアピンカーブを設置する位置とカーブの円の半径は。どの木を切って、どの木は残すか……。あたりを見渡して地形を把握しながら瞬時に判断していく様子から、長年の経験の深さが伝わってきました。

「ヘアピンカーブをこんな風に取って...」と帽子も使いながら解説する岡橋さん

「ヘアピンカーブをこんな風に取って…」と帽子も使いながら解説する岡橋さん

山を守り川と海を育てる林業は丁寧な道作りから

岡橋さんは「自伐型林業では、道作りが一番のかなめ」と言います。2トントラックが通れる幅2.5メートルの程度の道を山肌を細かく縫うように丁寧に取り付けることで、切り時の木だけを選んで切って運び出すことが可能になります。切らずに残した木は、その後も成長を続けて材の価値を高めて行きます。こうして同じエリア内で少しずつ、50年から100年もの長期に渡って間伐を続けていく「択伐(たくばつ)」という手法が自伐型林業の特長です。切りながら育てて行く林業とも言えるでしょう。

また自伐型林業における作業道は、豪雨時などの土砂災害を防ぎ、軽減する役割も果たします。「ここにこのように道を付ければ、上から流れて来た水がこんなふうに分散されます」という岡橋さんの説明に、作業道が果たす防災・減災の働きが納得できました。また、「土を剥き出しにする皆伐は土を痩せさせます。川にしみ出るミネラル分が減って農地や漁場も痩せてしまいます」という話には、参加者の間から「まさに森は海の恋人ですね」の声が上がりました。

黒くてフカフカの土。森が肥沃な土壌を作り出します。

黒くてフカフカの土。森が肥沃な土壌を作り出します。

今回、踏査した2ヶ所の町有林はスギの植林地で、手入れがされずに荒れた様子が目に留まりました。午前に歩いた4ヘクタールの林の方は地面に丸太が散乱していて、間伐した木を搬出せずにその場に捨て置く「伐り捨て間伐」が以前に行われたことを物語っていました。材の売り値よりも経費の方が勝るという、今の日本の林業の現実がそこにあります。ここでは既に間伐が行われた分、搬出できそうな材は少ないですが、傾斜が緩やかで作業道は付けやすそうです。まずはこちらの山に作業道をつくっていくことを決めました。

そうこうする内にお昼となりました。木陰に腰掛けて昼食を取った後に、もう1ヶ所の町有林へと向かいました。

協力隊員の村上さんと斎藤さんが前日に用意した丸太のベンチで昼食休憩

協力隊員の村上さんと斎藤さんが前日に用意した丸太のベンチで昼食休憩

「房総の山らしさを生かした林業とは?」を山を歩きながら語り合う

午後に歩いた山は、尾根と谷が複雑に地形を織りなす面積120ヘクタールの広大なスギ林です。この日の踏査では、林道から斜面を下って1本の沢を渡り別の尾根筋へと抜ける部分を歩きました。這いつくばるようにしないと滑り落ちそうな箇所も多い、とても険しい地形です。斜面があまりに急なので、道をどう付けるかの判断もすんなりとは行きません。

房総の山は、その多くが標高100〜200メートル前後の低山です。にも関わらず、山肌のあちこちに深く沢筋が刻まれた景色はまるで深山幽谷(しんざんゆうこく)のようです。「ここだと道を付けるのに1年はかかるかな」との岡橋さんの見立てに、協力隊員の村上さんと斎藤さんの表情が引き締まりました。房総の山でする自伐型林業は、思ったよりも手強そうです。

踏査しながら岡橋さんは、「良い木が少ないので、木を切って売るだけでは採算的に難しいかもしれない」と、厳しいプロの目で診断します。と同時に、「だから他の活動といろいろ組み合わせて行く面白さがあるのでは」と、房総ならではの林業のあり方を示唆します。それはこの日、参加者同士で共有できた思いにもつながるものでした。

参加者のひとりに生き物にとても詳しい人がいて、一見、荒れたように見えるスギ林の中にも里山らしい広葉樹や草花があちこちに隠れているのを教えてくれました。有用植物にも出会いました。昔から和菓子用の楊枝に使われて来たクロモジの木は枝も葉も爽やかな芳香で、最近はハーブティーとしても利用されているとか。幹全体に針のような棘をまとうのは山菜の王様、タラノキです。あちこちにウラジロの群生も発見しました。正月飾りには欠かせないシダの一種です。

林のあちこちで発見したウラジロの群生

林のあちこちで発見したウラジロの群生

「これ、年末に商品化できますよね。大多喜の里山のウラジロです、って言って」。一緒に歩いていた伊藤緩奈さんの目が輝きました。伊藤さんもまた大多喜町の地域おこし協力隊員のひとりで、竹と竹林の活用に取り組んでいます。そして伊藤さんの「手軽な散策ではなくて、今日のように山をガッツリ歩くツアーってできると思います?」という問いには、他の参加者から「絶対できる! だって今日は、すっごく楽しいですもん」と弾んだ声が返って来ました。植物や昆虫に詳しい人と一緒に山を歩くツアー、そのうち実現するかもしれません。

自伐型林業の実践を担って行く村上さんと斎藤さんは、重機の操作をはじめとする技術の習得を火急の課題として、今後も作業プロセスの節目節目に講習会を開いて行く計画です。次は今回ルートを決めた場所に実際に道を作る講習となるはずです。

「踏査完了!」 前列左から村上さん、岡橋さん、斎藤さん、伊藤さん

「踏査完了!」 前列左から村上さん、岡橋さん、斎藤さん、伊藤さん

文・写真 下郷さとみ

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リンク:
特定非営利活動法人 自伐型林業推進協会