ローカルニッポン

子供たちに生きる力を。古民家ゲストハウスわとや

書き手:高橋洋介
耕すデザイナー。マックブック片手にトラクターを乗りこなす。
千葉県市原市出身。市原市在住。里山暮らし。

千葉県夷隅郡大多喜町筒森の小高い集落の細い道を登り切ると一軒の古民家が現れます。
5年前の2015年、空き家になっていたこの古民家を改装し、“ゲストハウスわとや”をオープンさせたのは前田和哉さん。この場所ならいろんなことができるんじゃないか、かつてここを最初に訪れた時にそう感じたというカズさんに、これまでの話と、これからの話を伺いました。

わとやの始まり

東京に住んでいたカズさんと大多喜町筒森のこの古民家との出会いは9年前の2011年にまで遡ります。その頃毎週のように東京から勝浦へサーフィンに出かけていました。最初はゲストハウスをやることは考えていなかったというカズさん。行き帰りの道中で、仲間と米作りをするための休耕田を探していたと言います。

カズさん:
「米さえ作れれば生きていけると思っていました。米を作っている人には何があっても大丈夫だという自信のようなものを感じるんです。そういう人は災害があっても慌てない、ゆったりしている、そういう力をつけたいなと思っていました」

何度か通った場所の中で気になるところを見つけては地図で確認し、実際に訪れては周りの地形を観察する、そんなことを繰り返しているうちにある休耕田にたどり着きます。

カズさん:
「地図で確認した休耕田に行ってみたら水の音が聞こえてきたんです。それを辿って行ったらきれいな川が流れていて、直感的にああここだなって思いました」

それから持ち主の方を探し、会いに行き、半年の時間をかけて話をした結果、無事に休耕田を借りることが決まりました。それからカズさんは週末のたびに大多喜町を訪れ、荒れていた休耕田を再耕していきました。ある時田んぼの持ち主の方に一軒の古民家を紹介してもらいます。それがのちにゲストハウスわとやになる古民家でした。

実際に古民家を見せてもらいましたが、何年も空き家になっていたため、最初は魅力を感じることができなかったそう。しかし何回か訪れるうちに、もしかしたら化けるかもしれない、そう思い始めたカズさんは、この古民家を借りてゲストハウスを作ることを決めます。

正式に借りることが決まると、カズさんは仲間に声をかけ、古民家の工事に取りかかりました。プロの手を借りながら天井を抜き採光のための天窓を、増設した2階部分には寝室を作りました。もともとあった畳を断熱材にし、畳の下から現れた床材をその上に貼りなおしました。土間にはかまどを作り、ゲストが食事や会話を楽しむことができるバーカウンターを作り、室内には薪ストーブを設置し、ハンモックを吊るしました。

大多喜町に通い始めて四年がたった2015年1月前田さんは完全に移住し、その年の8月10日、ついにわとやはオープンします。

生きる力

デッキと一続きになった室内

デッキと一続きになった室内

わとやには、縁側と一続きになった大きなデッキがあります。眺めのいいこの場所に立つと、筒森の集落とその向こうの山々が一望できます。大きな民家の屋根が段々に続き、その間には綺麗に耕された田畑が見えます。山に入れば魚が泳ぐ綺麗な川が流れ、山菜や筍を取ることができます。この場所でカズさんは子供達に生きる力をつけさせたい、といいます。

カズさん:
「都会で生まれた子供達や若者が、2011年の震災のような災害にあった時に、自分の力で何かできるようになってほしいんです。例えば、ガスや電気が止まった時に、パニックになるのではなくて、自分で火をおこせるとか。

ここで暮らしている人たちはみんな自信があるように見えるんです。自分たちで米や野菜を使っている人たちは、台風や災害があっても何とかなるから、多少のことがあっても慌てない、どっしりしているんです。それが生きる力だと思います」

デッキからの眺め

デッキからの眺め

カズさん:
「今はボタン一つでなんでもできてしまいますが、その背景にある大変さや苦労がわからないまま暮らしているのは、寂しいし勿体無いと思うんです。例えば私がダイビングの仕事をしていた時に感じたことですが、スーパーで切り身の魚しか見たことがない子供は泳いでいる魚を見たことがなかったんです。野菜や米も同じで必ずその背景には作るまでの苦労がある。それを子供達に知って欲しいと思ったし、それを知る機会を用意してあげるのが大人の責任だと思ったんです」

だからカズさんは子供たちに一から過程を体験してもらうことを大切にしています。そのような場所を用意してあげるのが大人の責任だと考えるからです。

未来を生きる子供たちへ

醤油づくりにおいて大切な工程の一つである天地返し

醤油づくりにおいて大切な工程の一つである天地返し

子供達に生きる力をつけさせるプログラム、その一つに“醤油づくり”があります。ちょうどこの日は醤油絞りの日、参加者と一緒に一年かけて作ってきた醤油を絞ります。始まりは一年前の11月、大豆を潰し仕込み、その後は毎月参加者が集まり天地返しを続けていきました。天地返しをすることで醤油が均一に発酵し、美味しい醤油を作ることができます。

この日の作業は、天地返しを繰り返し、発酵させた大豆を麻袋に入れて圧をかけていくものです。圧をかけられ絞り出された醤油は生醤油といい、生で味わうことができます。お昼ご飯は、うちたてのうどんに醤油絞り機から落ちる生醤油をかけて食べました。それ以外の醤油は熱して瓶詰めし参加者で山分けしますが、わとやではこの時の火おこしも自分たちで行います。薪をくべ、うちわを使いながら火をおこす子供達はとても楽しそうで、夢中になって火を起こしました。

わとやで食べることができる醤油、味噌、酢、お米はどれも自分たちで作っているものです。そのほか野菜などはご近所さんからいただいたものや近くの直売所で手に入れたものが中心です。ほとんどの食材を身の回りで調達することができるのです。

カズさん:
「子供達にはこっちの方が豊かだってことに気づいて欲しい。スーパーに行けばなんでも手に入れることができる便利な暮らしを否定するわけではありませんが、物事の背景を知ったり、体験したりした上で、便利な暮らしを享受して欲しいと思います」

これからの話

火をおこすところから始めます

火をおこすところから始めます

醤油づくりや米づくり、地域のお祭りとしてのわとやフェス、カズさんはこれまで様々なことに取り組んで来ました。また、わとやの魅力の一つは毎回来る度に変化があることです。デッキが拡張されていたり、離れができていたり、大きなブランコができていたり、毎年新しいことに挑戦し続けています。

そんなカズさんが、今後挑戦したいことの一つに、“食べられる公園”というプロジェクトがあります。米づくりを楽しくしたいというカズさんが考える未来の田んぼの形、それが食べられる公園です。

カズさん:
「いくら米づくりが大事だからといって楽しくなければ意味がありません。大変な作業というイメージを覆していきたい。一人で黙々とやるものではなくて、みんなで楽しみながらやりたいんです。田んぼを、技術がある限られた人しか入ることができない場所ではなく、誰でも入れる場所にしたいんです。だから農地ではなく公園なんです」

カズさんの目指す未来の田んぼでは、どんなことが体験できるようになるのでしょう。
また、この場所にどんな人が集まるようになるのでしょう。
9年前、カズさんが最初にここを訪れた時に、感じた可能性はどうやら正しかったようです。この場所から様々なことが始まっていきそうです。古民家ゲストハウスわとやのこれからに注目です。

文・写真:高橋洋介

リンク:
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