ローカルニッポン

雲の上の町に息づく南国土佐のおきゃく文化/高知県梼原町(ゆすはらちょう)


高知県と愛媛県の県境の山間に位置し、過去には土佐のチベットとも言われた“雲の上の町梼原町”。南国土佐と呼ばれる高知にありながら、冬は毎年雪が積もります。今こそ道路も整備され、高知空港、松山空港へも車で約2時間でたどり着くことができますが、少し昔は、町から町への移動に限らず、町内の集落間の移動もそれはそれは大変だったそうです。

今回は、そんな”雲の上の町梼原町“で代々引き継がれてきた南国土佐のおきゃく文化、おもてなし文化をご紹介したいと思います。

おきゃくの席で 神楽の舞

おきゃくの席で“神楽の舞”

土佐のおきゃく文化

みなさん『おきゃく』という言葉はご存知でしょうか?『おきゃく』をご存じなくても、高知県民の『お酒好き』は、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。私は関東から、高知県への移住者ですが、高知県民=酒豪のイメージを強く持っていました。そしてそれは実際そのとおりでした。高知県の方はとてもお酒が大好きです。(補足*もちろん飲まない方もいます。)『おきゃく』の席でも、ビールは乾杯から少したしなめる程度、すぐに皆さん、燗した日本酒へシフトしていきます。そして終わることのない『献杯(けんぱい)』『返杯(へんぱい)』へつながっていきます。

つまり、『おきゃく』とは宴会を意味する高知(土佐)ならではの呼び方です。高知県民は、冠婚葬祭や神事、節句など、何かにつけて宴会をするのが大好きです。そんなときには、必ず親類や友人、近所の方々など”お客さん”を招きます。いつしかそんな宴会のこと自体を『おきゃく』と呼ぶようになり、様々な人が集い酒を酌み交わす交流の場を意味するようになりました。

覚えておきたい おきゃくのルール

献杯・返杯

献杯・返杯

『おきゃく』の席で、必ず欠かせない、かつ県外の方には見慣れない光景に『献杯(けんぱい)』『返杯(へんぱい)』という文化があります。おきゃくの席では、知っている人も、知らない人も分け隔てなく、まずは、献杯でもてなします。献杯とは、自分の杯にお酒を注いで飲み干し杯を温めた後、献杯したい相手に杯を献上しお酒を注ぐ行為です。献杯を受けた方はお酒を飲み干し、その杯を相手に返してまたお酒を注ぎます。これを返杯といいます。この返杯を受けた方は注がれたお酒を飲み干します。そしてこの献杯・返杯は、おきゃくの間、老若男女、仕事の上司・部下など関係なく、差しつ差されつ、ずっと続いていきます。

このように、普段からお世話になっている目上の方や仕事の同僚、はたまた見知らぬ人ともお酒を交わし、自然に解け合えるのが、おきゃくの一番の魅力といえます。美味しい料理とお酒に心がほぐれて、本音の付き合いが深まっていく、おきゃくにはそんな高知流のおもてなしが凝縮されています。

おきゃくにかかせない皿鉢料理

ボリューム満点の皿鉢料理の数々

ボリューム満点の皿鉢料理の数々

おきゃくの席でかかせない料理に『皿鉢料理(さわちりょうり)』があります。これは、大きなお皿にいろんな料理を盛りつけた高知の郷土料理です。

皿鉢料理の『皿鉢』という名称は、起源が180 ~190 年と言われています。食材や調理法ではなく、大皿に高知が誇る山や海の幸を豪快に盛り付ける宴会料理のことを「皿鉢」と呼ぶようになったそうです。これは、一度宴会が始まったら、途中で台所に立つ必要がなく、全員が一緒に楽しむために生まれたとも言われています。梼原でも、刺身や田舎寿司、煮物や山菜、羊羹や果物まで一緒に、豪快に盛り付けられています。まさに南国の風土と気候、土佐の宴会スタイル、さらに梼原の山の幸が生み出した、味と彩りの集大成のような郷土料理といえます。食べたいものを自分の小皿に取って食べるという自由さも高知県民の文化の特徴を表しているかもしれません。

梼原町を代表するおきゃく “神祭”

三嶋神社で奉納される津野山神楽

三嶋神社で奉納される津野山神楽

梼原町では、年間を通して様々なおきゃくがあります。春は春祭りや花見、夏は高原祭り、秋はグルメ祭り……今回はそんな数あるおきゃくの中でも最もインパクトのある、神祭(じんさい)をご紹介したいと思います。

こちらのお祭りは、神祭と書いてじんさいと読みます。梼原町で古くより続く由緒正しきお祭りで、その年の五穀豊穣に感謝する秋祭りとして各地区の三嶋神社で、「津野山神楽」を舞って奉納されます。神楽の舞は18節で構成されており全ての舞を納めるには約8時間を要します。質素ながらも一千百余年の歴史を感じさせる荘厳さで、内容が簡単に理解できるのも魅力のひとつです。軽快な音楽とダイナミックな動きが見事に融合した舞は非常に楽しく、神楽が奉納される日には、県外からも多くの人が訪れます。

そんな神祭にかかせないのも土佐のおきゃくです。神祭の開かれる各地区の氏子さんの家で、夜に行われるおきゃくこそが神祭のメインと言っても過言ではありません。そしてこちらのおきゃくの特徴は、なんとだれでもウェルカムなおきゃくなのです。知り合いが知り合いを呼んで家主さんとは直接面識のない方も、家に上がって周りの方とお酒を指しつ指されつ…というなんとも高知らしい豪快なおきゃくです。まさに土佐のおもてなし文化ここに極まれり。。人の出入りも激しく、皆さん一晩で3~4軒の氏子さんの家を回って飲み歩くそうです。今では考えられないですが、ひと昔前までは、一晩で20軒近くの家々を回ることもざらにあったそうです。

神祭のおきゃくの席

神祭のおきゃくの席

かくいう私も、今年の神祭に初めて参加しました。町長さんの家から、区長さんの家、普段お世話になっている農家さんの家から、直接は面識のなかった家主様の家まで次々とお邪魔させて頂き、美味しいお酒にお料理を堪能させて頂きました。直接肌で体感させて頂いた土佐のおきゃく文化は、老若男女入り乱れ、それはそれは豪快で楽しく、温かな人情あふれる土佐のおもてなし文化でした。このような素敵な文化が、時代を超えて脈々と受け継がれていく土佐のお山の風土を、改めて実感できた貴重な時間でした。土佐のおきゃく文化は、きっとこれからの若い世代へもしっかりと引き継がれていくことでしょう。

文:ゆすはら応援隊 鈴木和己